記者数はわずか7人、発行部数は3万3000部、本拠地は人口1万7000人の田舎町――。こんな新聞社が今年、ピュリツァー賞を受賞した。しかも、最も栄誉ある公益部門で、である。
報道分野にある14部門のうち、ピュリツァー賞の生みの親であるジョセフ・ピュリツァーの理念を象徴しているのが公益部門だ。ピュリツァー賞の事務局長シグ・ギスラーは次のように語る。
「過去1世紀を振り返ると、報道分野での受賞作は700件以上に上る。いろいろな理由で受賞しているが、多くは『権力の不正や汚職を暴き、社会的弱者を守る』という基準をクリアしている点で共通する。これこそがジョセフ・ピュリツァーの願いであり、その願いは公益部門に込められている」
健全な民主主義を確立するためには「第4の権力」、つまりマスコミが行政、立法、司法の3権をチェックしなければならない、というわけである。
今年の公益部門受賞作も「権力のチェック」に合致する。受賞したのはブリストル・ヘラルド・クーリエという地方紙だった。ピュリツァー賞選考委員会の説明はこうだ。
「バージニア州南西部でエネルギー会社が天然ガス採掘料を数千人に上る地主に払わず、横取りしている。ブリストル・ヘラルド・クーリエ紙のダニエル・ギルバート記者はこの実態を見事に暴いた。同記者の報道をきっかけに、州議会は関連法の改正に乗り出した」
同紙は「何もしなければ永久に闇に葬り去られてしまうニュース」を掘り起こしたのだ。裏付け取材に合計13ヵ月もかけて、権力(ここではエネルギー会社)が隠そうとする事実を丹念に集めたのである。
これは、調査報道に基づく「掘り起こし型」取材だ。権力側の発表を先取りして伝える「発表先取り型」とは180度異なる。
前回のコラムで触れたように、トヨタ自動車のリコール(回収・無償修理)問題をめぐっては、アメリカのロサンゼルス・タイムズ(LAタイムズ)が「掘り起こし型」、日本の大新聞が「発表先取り型」の報道を展開した。
日本勢が「発表先取り型」に心血を注ぐ理由は何なのか。
いわゆる「特オチ」を気にする横並び体質などいろいろな事情があるが、日本新聞協会賞の存在が大きい。新聞協会賞は「日本版ピュリツァー賞」と言われながら、「発表先取り型」を高く評価する点で本家ピュリツァー賞とは似て非なる存在なのだ。
トヨタ自動車が米ゼネラル・モーターズ(GM)と合併する――。こんなニュースをすっぱ抜いたら、新聞協会賞の受賞は間違いない。なぜなら、「合併」でなく「提携」でも新聞協会賞を受賞できるからだ。1982年、トヨタとGMの提携交渉について日本経済新聞が特報し、最も栄誉あるニュース部門で同賞を受賞している。
では、同様の特報に対して、本家ピュリツァー賞の審査委員はどんな評価を下すだろうか。結論から先に言うと、受賞どころか最終選考にも残さないだろう。トヨタとGMの合併を特報しても、今年の最終選考に残ったロサンゼルス・タイムズのトヨタ報道以下の扱いしか受けない、ということだ。
というのも、「超」が付くほどの特ダネであっても、「発表先取り型」では「何もしなくてもいずれ発表されるニュース」をすっぱ抜いたにすぎないからだ。「特報したところで何も世の中は変わらない」ということでもある。これではジョセフ・ピュリツァーの願いを満たせない。
「世紀の合併」スクープでもピュリツァー賞には対象外
時計の針を1998年へ戻してみよう。この年、M&A(合併・買収)史上で歴史的な案件が実現した。ドイツのダイムラー・ベンツとアメリカのクライスラーの合併によるダイムラークライスラーの誕生だ(2007年に合併解消)。
この合併が「世紀の合併」と言われるほど注目されたのは、アメリカ産業を象徴するビッグスリー(3大自動車メーカー)の一角が外国資本(ダイムラー)にのみ込まれることを意味したからだ。外国企業によるアメリカ企業の買収としては過去最大だったことも話題になった。
これをアメリカ最大の経済紙ウォールストリート・ジャーナルの記者スティーブン・リピンが特報した。それまでにリピンは、銀行業界でケミカル・バンキングとチェース・マンハッタンの合併、通信業界でMCIとワールドコムの合併、日用品業界でジレットとデュラセルの合併をすっぱ抜き、経済報道分野では特ダネ記者として有名だった。
翌日、ニューヨーク・タイムズ紙は1面トップで追いかけ、「ダイムラーとクライスラーが合併交渉に入り、近く発表する」と伝えた。自社の倫理規定に従って記事中で「両社の合併交渉についてはきのう、ウォールストリート・ジャーナルが第一報として伝えている」と明示している。
日本だったら、ダイムラーとクライスラーの合併は文句なしで新聞協会賞を受賞しただろう。大型M&Aのスクープは同賞ニュース部門の常連だからだ。
具体的には、トヨタとGMの「提携」が受賞したほか、第一銀行と日本勧業銀行の合併(1971年)、三菱銀行と東京銀行の合併(1995年)、日本興業銀行、第一勧業銀行、富士銀行の3行経営統合(1999年)も受賞している。ちなみに、以上はすべて日経新聞による特報だ。
これに対し、ダイムラーとクライスラーの合併はピュリツァー賞の受賞はおろか、最終選考にも残っていなかった。日本も含め国際的なインパクトは抜群で、「超」が付くほどの特ダネであったにもかかわらず、ピュリツァー賞の審査委員に実質的に無視された格好だ。