
「機械と人間の境界がうすらいでいく。人工知能が人間を超えていく。機械が人間を支配する。現実と擬似現実がつながっていく」
AI(人工知能)の進歩はいま、社会で大きな関心を集め、これまでSFのテーマとして語られてきたことも、現実味を帯びてきている。
一作ごとに多彩な作風で話題を呼ぶ奥泉光氏の新作『ビビビ・ビ・バップ』は、AIと人間をめぐる痛快近未来エンタテインメント小説。AIの進歩は文学に何をもたらすのか? その創作の狙いを聞いた。
「テクノロジーとともに生きる人のありかた」を書こうと思った
ーー奥泉さんが新作『ビビビ・ビ・バップ』で、AIをめぐるテーマを扱おうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
奥泉 今回の小説には、これまでSFで繰り返し描かれてきたアイデアがいくつか出てきます。人間の知性をしのぐAIロボットであるとか、リアルな世界と変わらぬ質感のヴァーチャル技術であるとか。小説中では全脳送信 (TBU=トータル・ブレイン・アップローディング)と呼んでいますが、人格をデジタル化してAI内に移し替えるというアイデアも、SFではたびたび描かれてきたものです。
2013年にこの小説を書き始めた頃、かつてSF内の奇想にすぎなかったこれらアイデアが実現されそうな気配があって、我々人類はそういうところに来つつあるのではないかと、自然に考えるようになった。

奇想天外で空想的というのがSFの魅力だし、SF的アイデアがわれわれの生きる世界に対する批評性を持つのだけど、この作品では、もう少しリアルなところで「テクノロジーとともに生きる人のありかた」のようなことを、分かりやすく、楽しく書いてみようと考えました。この小説で舞台にした21世紀末の近未来は、現在の延長上にある世界といっていいと思います。
ーー小説の舞台は21世紀末、主人公は30代ピアニストの木藤桐、通称フォギーという設定ですね。
奥泉 主人公のフォギーは、どちらかというと最先端の科学技術とはできれば無縁でいたいタイプです。そういう人のほうが世の中には多いと思うんですよね。ぼく自身もそうです。そんな主人公が、かつてのSF的アイデアがリアルになった世界で、テクノロジーに翻弄されながらどうふるまうかを、おもしろく描きたいという発想もありました。
さらにこの作品では、ぼくがこれまで読んできた翻訳SFへのレスペクトをこめて、その語りの文体をいかしたエンタテインメントを書きたいという気持ちがありました。たとえば文中で「電脳空間(サイバースペース)の架空墓(ヴァーチャルトゥーム)」などカタカナルビを多用しているのも、そのためです。SFの日本語翻訳はじつに素晴らしい。翻訳SFへのオマージュといっていいと思います。