ついに中国は戦争への道を歩み始めたのではないか、という「強い懸念」

戦前日本を思い出す
長谷川 幸洋 プロフィール

激化するアメリカとの対立

私は7月10日、ニッポン放送の参院選特別番組で安倍晋三首相に中国軍艦が尖閣や口永良部島周辺の領海を侵犯した問題について日本の対応を質問した。安倍首相は「中国が国際法を尊ぶ態度を示すよう国際社会で連携していくことが大切だ」と答えた。

中国への対応策は南シナ海でも東シナ海でも同じである。国際包囲網の圧力を強めて無法行為の断念を迫っていくのだ。だが、それで中国の姿勢が変わるだろうか。残念ながら、ほとんど期待できない。

なぜなら彼らの戦略は行き当たりばったりではなく、実は首尾一貫しているからだ。一言で言えば、習近平政権の誕生以来、中国は「自国の縄張り拡大」を徹底して追求してきた。

習近平政権が誕生したのは2012年11月だ。それから7ヵ月後の13年6月に訪米し、オバマ大統領との米中首脳会談に臨んだ。そのとき習国家主席が大統領に持ちかけたのは「太平洋の縄張り分割」提案である(拙稿『日中韓首脳会談、終わってみれば日本の圧勝だった』参照 http://gendai.ismedia.jp/articles/premium01/46233)。

習主席は大統領に向かって「太平洋は米中両国を受け入れるのに十分に広い」という有名な台詞を吐いた。これは「太平洋は十分に広いのだから、米中両国で縄張りを分け合おうぜ」というのが真意にほかならなかった。

これにはオバマ大統領が「日本が米国の同盟国であるのを忘れるな」と反撃したので、主席の目論見は見事に失敗した。すると半年後の13年11月に持ちだしたのが、東シナ海上空の防空識別圏設定である。

太平洋分割に失敗した後、本当は東シナ海の縄張りを言い出したかったのだろうが、それを言うと尖閣問題に直結して日米を刺激するので、海ではなく空の縄張りを言ったのだろう。

ところが、これも米国が直ちにB52戦略爆撃機を飛ばして威嚇すると、中国は手も足も出なかったので結局、失敗した。

その次に、中国がターゲットに選んだのが南シナ海だった。南シナ海への進出自体はフィリピンが米軍基地を追い出した1992年以降から始まっていたが、2014年に人工島建設が本格化した。滑走路建設が確認されたのは14年11月である。

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