ついに中国は戦争への道を歩み始めたのではないか、という「強い懸念」

戦前日本を思い出す
長谷川 幸洋 プロフィール

かつての日本がそうだった

ヤクザに法の順守を説教しても始まらないのと同じように、中国に「法を守れ」と叫んでみても何も変わらない。相手の考え方、信じている生存の原理が根本的に違うからだ。習政権が信じているのは、法規範ではない。文字通り「力」に他ならない。

思い起こせば、かつての日本もそうだった。

満州事変の後、日本は国際連盟が派遣した現地調査委員会(リットン調査団)の報告に同意できず1933年9月、国際連盟を脱退した。当時、日本陸軍の中堅幕僚で政策決定に大きな影響力を及ぼしていた永田鉄山は国際連盟をどう認識していたか。

第21回山本七平賞を受賞した川田稔名古屋大学名誉教授の『昭和陸軍の軌跡 永田鉄山の構想とその分岐』(中公新書)によれば、永田は国際連盟が「国際社会をいわば『力』の支配する世界から『法』の支配する世界へと転換しようとする志向を含むものである」と理解していた(77ページ)。

だが、国際連盟は各国に法の支配に従わせる力を欠いているので、いずれ世界戦争は不可避である。そうだとすれば、中国はいずれ列強の草刈り場になるから、日本も次期大戦に備えなければならない。そう判断していた。

そういう考え方が満州事変後の連盟脱退、2.26事件、さらに盧溝橋事件から日中の全面戦争へと発展していったのだ。

これは、まさにいまの中国ではないか。法の支配などといっても、中国を国際法に従わせる強制力や権威は仲裁裁にはもちろん、日米欧にもない。そうであれば、やはり力がモノをいう。習政権はそう信じているのだ。

いまや中国は自国も批准した国際海洋法条約などどうでもいい、紙くず程度にしか考えていないのではないか。そうであれば、一方的に条約の枠組みから脱退する可能性だってありえなくはない。

そうなれば、まさにかつて国際連盟から脱退した日本と同じである。その先にあるのは何だったか。最初は小さな武力衝突がやがて本格的な戦争に発展したのだ。

日本の新聞やテレビはおずおずとして、はっきり言わないから、私がこのコラムで言おう。いま中国は戦争への道を走り始めたのではないか。まさに「歴史は繰り返す」である。そうならなければいいが、ならない保証はどこにもない。

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