
EU加盟国に深まる溝
9月14日、欧州委員会の委員長ユンケル氏が、欧州議会において、EUの現状をテーマに基調講演を行った。EUは、その翌々日16日に、首脳会合を控えていたため、いわばその地ならしである。
居並ぶEU議員を前に、「EUの溝はかつてないほど大きく、存続が危ぶまれるほどの危機状態である」とぶったユンケル氏。しかし、聞いている議員たちは、「だったら皆で頑張ろう」とはならず、「そうそう、その通り」と言わんばかりに白けていた。
欧州委員会というのは、EUの政策を実行する機関、いわば「EUの政府」だ。その長であるユンケル氏は、もちろん強大な権力を握っているが、彼自身の巷の評判はあまり良くない。結局、議員たちの士気は鼓舞されず、拍手パラパラ。
しかも同日すぐ、大手経済誌 WirtschaftsWoche のオンライン版に、この講演についての辛辣な批判が載った。タイトルは「もはやユンケルはふさわしい人間ではない」。
●“Juncker ist nicht mehr der Richtige” WirtschaftsWoche, 14. September 2016
世の中はこの20年間で大きく変わり、以前は想像さえ付かなかったような問題がEUを襲っている。なのに、「この男はますます前時代の化石の様相を強めている」。「重病患者を前にしたとき、二つの方法がある。治療を変えるか、あるいは、いままでの薬の量を増やすかだ」。
ユンケル氏の思考は、ヨーロッパがどんどん大きくなっていくと信じられていた時代に留まっている。つまり、時代に沿った改革などできず、誤った薬を増やすだけ。90年代、ルクセンブルク首相として、コール独首相、シラク仏大統領などとともにEUを作り上げた立役者を、ここまで批判する記事は珍しい。
「ヨーロッパは一つ」は確かに美しい理念ではあるが、各国はいま、それどころではない。そもそもEUの利益というのが曖昧すぎる。自由? 民主主義? 豊かで平和な暮らし?
EU各国が団結するには、実質的な共通の利害が必要だ。そうすれば、それが足し算されて、EUの利益になる。しかし、どこも自国は火の車で、難民がどんどんやってくる。そんなときに、このような理想のために奮励する政治家はいない。
そもそも、団結したいなら、ここまで加盟国を増やしたのは間違いではなかったか。28ヵ国の共通の利害はついに見つからず、EUはいま、1国抜けて27ヵ国になってしまった。