世界中の天才たちを悩ませた「謎」とは? 物理学史上最大のドラマ

気鋭の科学ジャーナリストが迫った
山田 克哉 プロフィール
〔PHOTO〕gettyimages

大きな論争の火種となった難問

アルベルト・アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言って、量子力学を受け入れようとしなかったことで有名だ。

彼は量子力学が「不完全な理論」であると主張したが、ニールス・ボーアは徹頭徹尾、量子力学を支持し、両者は互いに自身の主張を譲ろうとはしなかった。アインシュタインは巧妙な思考実験を思いつき、ある物理学会(ソルヴェイ会議)でボーアにそれを披露している。

さすがのボーアも「うーん」とうなってしまったが、「もしアインシュタインの主張が正しいなら、物理学はもうおしまいだ」と考えて、何としても量子力学を擁護しようと試みた。

その場ですぐには反論できなかった彼だが、翌日になって(前夜はおそらく、一睡もしなかったことだろう)、論敵の「一般相対性理論」を逆手に取り、こんどはアインシュタインをぎゃふんと言わせてみせたのだった。ギルダーは本書中で、彼らの"論争"を間近に見ていたような鮮やかな描写で紹介している。

ギルダーはまた、ドイツでナチスが台頭し、ヒトラーが実権を握るようになって以降の、優秀なユダヤ人物理学者たちが散り散りになっていく姿を哀感を込めて描写している。

その象徴が、ノーベル賞こそ受賞しなかったものの、当時を代表する優秀なユダヤ人物理学者だったエーレンフェストを襲った悲劇である。障害のある息子とナチスの非道な政策の狭間でついに命を落とす彼の末期について、私は本書で初めて知った。

ギルダーが描く量子力学の発展史のなかで、とりわけ重要な役割を果たすのが「量子もつれ」という概念である。これもまた、アインシュタインとボーアの間で大きな論争の火種となった難問だ。本書の理解を促すために、ここでかんたんに「量子もつれ」について解説しておこう。

量子力学が一応の完成を見たとされる1930年からわずか5年後の1935年、「EPR論文」とよばれる有名な論文が発表されている。それは、「量子もつれ」を用いて、量子力学が「不完全な理論」であると指摘するものだった。

 

EPRとは、この論文の三人の共同執筆者であるアインシュタイン(Einstein)、ポドルスキー(Podolsky)、ローゼン(Rosen)の頭文字をとったもので、その内容からしばしば「EPRパラドックス」ともよばれている。

「量子」とは、ときに"波"のごとくふるまったり、ときに"粒子"のごとくふるまったりする物理的な「実体」で、光子や電子が典型的な量子である。一般に、量子は内部構造をもたないが、エネルギーや運動量、スピン(自転)などの物理量を有している。

二つの量子のあいだでいったん相互作用が生じると、その二つの量子は「相関」をもつと言われる。相関をもった二つの量子がどんなに離れていっても―たとえ互いに100兆㎞離れても―、その相関性は完全に保たれる。

二つのうち、一方の量子の物理状態(たとえばスピン)だけを実際に測定器を使って測定し、その値をはっきりと確定してしまうと、その瞬間(同時に、すなわちゼロ秒間で!)、100兆㎞のはるか彼方にあるもう一方の量子の物理状態が、いっさい測定することなく自動的に決定してしまうのである。

このような意味で、二つの量子の間の相関性は「量子のもつれ」とよばれるようになった(名付け親はシュレーディンガー)。

EPR論文が提起したのは、100兆kmも離れた二つの量子の相関関係は崩れることなく、完全に保たれることに対しての疑問であった。

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