2016.10.23

ゲーム界のカリスマが仕掛ける「格闘技革命」その打算と勝算

新日本プロレスに次ぐ成功は起こるか?
細田 マサシ

懸念はある。しかし…

無論、木谷改革への懸念もなくはない。たとえば試合数の削減は、キャリアの浅い選手から実戦の場を奪いかねない面は否めない。なぜなら、従来のキックボクシングの興行が、たくさんの試合を組んできたのは、選手に経験を積ませる育成の意味合いが大きかったからだ。

試合数の多さが「需要側の立場に立っていない」(木谷氏)というのは理解できる。しかし、人材が育たなければ成功は覚束ない。新日本プロレスの躍進も、選手層の厚さがその成功の一因となっているのは、否定はできないだろう。

ブシロードが、団体そのものを抱えるというのならば、話は別だ。しかし、現時点において発表されているのは「KNOCKOUT」という新イベントのプロデュースと、それに連動するメディア展開のみである。

ロゴ・デザインも洗練されている

「最初の2年は赤字覚悟。3年目からは黒字を目指して」

という、木谷氏の目論見を考えると、やはり人材の育成、次代の有力選手の確保は急務といわざるをえない。

一例を挙げただけで、課題はいくつもある。だが、筆者は木谷氏の参入を全面的に歓迎したい。なぜなら、木谷改革の成否こそが、キックボクシングという競技の存続とメジャー化の実現を左右するものだと思うからである。

すでに触れたように、現在、日本のキックボクシング業界は、国内だけで七つの団体、そして十三のイベントが同時に行われている。それぞれが交流しているかといえば、そうではない。険悪な関係から断交している事例はあるし、むしろその方が多いかもしれない。

つまり、七つの団体があるということは、七人の日本王者がいるということである。日本一が七人いることの矛盾に、長年ファンは付き合わされてきたのだ。

すべての団体が、話し合いのテーブルにつき、王者同士の統一戦なりを行えば、その回答を弾き出すのは容易だ。しかし、統一戦どころか交流すらないのだから、それは不可能な話である。「試合数の削減」も「手売り禁止」も確かに通弊ではあるのだが、実はキックの世界で一番憂慮すべきなのは、団体の乱立が生み出した秩序の崩壊にほかならないのだ。

そこで──旧弊にとらわれず、しがらみのないブシロードが、すべての団体が一堂に会する、ニュートラルなリングを創る役割を担うべきだと提言したい。それこそが、新キックボクシングイベント「KNOCKOUT」に託された役割で、キック業界そのものの空気を一変させる、いわば劇薬になりうるものと思われる。

これまで、キックボクシングに、新規のファンがなかなか参入しなかった大きな理由として、団体が乱立することの「わかりにくさ」があったことは否めない。そもそも、秩序も統一見解もない、わかりにくい競技に、一般層が食い付くことはまずないのだ。

他のプロスポーツを例に挙げる。

先月、国内におけるプロバスケットボールの統一機構「Bリーグ」が旗揚げされた。長年に渡って、ナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)と、日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の分裂状態が続いた日本のプロバスケットボールだが、過去、Jリーグを作り上げた手腕を買われた川淵三郎氏が、半ば強引かつ独裁的な手法ではあったものの、わずか半年足らずでリーグ統合に成功する。同時に、テレビ中継やCMも含めた、新たなメディア展開も決定し、この程晴れて、旗揚げの日を迎えたのである。

キックボクシングも、Bリーグ発足前に近い状況にある。ということは、統合されれば、大きな市場規模が生まれる可能性があるのだ。

キックの未来のために

目下、団体やイベントが分裂している日本国内のキックボクシングだが、当然ながら、月に何度も興行が開催されており、また、同じ日に、他団体の興行が開催されることも、まったく珍しくない。

これが、団体が統合することで、何がもたらされるか。もはや、いうまでもないだろう。従来の団体は有名無実化して、ファンは一枚のチケットで、あらゆる団体の選手の試合が観戦できるのも夢ではなくなるのだ。
 
いや、極論をいえば、団体は団体で、そのまま存続すればいいと思う。従来通り、仲の悪い組織同士は対立していてもいいとさえ思う。団体が存続することで、キャリアの浅い選手の育成など、そのまま興行を行うことでもたらされる利点は無視できない。そこでは、手売りもこれまで通り続ければいいとも思う。

その上で、手売りも、長時間興行も存在しない、全団体の選手が上がれる理想のリングを「KNOCKOUT」が提供すればいい。むしろ、団体間の対立構造は利点ともなろう。その決着は、正々堂々リングの上でつければさらに盛り上がる。

先に触れたように、K―1の台頭で若い選手や関係者の間で、ムエタイという上位概念がやや喪失されかけた今、ルールも変えることなく、キックボクシングでメジャー化を目指せるという新機軸を打ち出せば、乱立していがみ合う団体の関係者も、その無意味さにようやく気付くかもしれない。

そのためには、ブシロードの資金力、代表である花澤氏の政治力、そして、プロデューサーである小野寺氏の交渉力が重要になるのは、いうまでもない。

かくして、世間的認知度がとともに、人気が上昇すれば、それぞれの団体は、下部組織として機能し、自然と従来の悪しき慣習は淘汰される。そのように推察するし、何よりも期待したい。旧弊を打破するには、外部の力に頼ることも、時には必要なのだ。

木谷氏は「キックボクシングの上位概念を作りたい」と野望を掲げたが、KNOCKOUTがただの「いちキックボクシング団体」に終わることがないように、その行方に注視したい。

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