2016.10.28
# ドイツ

21世紀のドイツにはびこる謎の勢力「帝国臣民」をご存じか

「ドイツ帝国」はまだ生きている?

もう30年以上も住んでいるというのに、未だにドイツには時々サプライズがある。

10月19日、バイエルン州のゲオルゲンスグミュントという町で、武器を没収するため、特殊部隊の警官が一軒の家に近づいたところ、何の警告もなしに、二階の窓から銃弾が発射され、銃撃戦となった。

4人の警官が負傷し、翌日、うち1人が亡くなった。狙撃手はヴォルフガング・P(49才)。“帝国臣民(Reichsbürger)”運動のメンバーである。

〔PHOTO〕gettyimages

ドイツ連邦共和国を認めない人々

“帝国臣民”運動とは何か?  “帝国臣民”は多くのグループに分かれており、単に頭の中に奇異な考えが詰まっている人たち、極右、反ユダヤ勢力、あるいは犯罪グループから、オカルト集団っぽいものと、多岐にわたる。統一した思想も組織も存在しない。

ただ、その彼らの唯一の共通点が、現在のドイツ連邦共和国を認めていないこと。国際法上は、まだ「ドイツ帝国」が主権を持つと主張する。国境も1937年のものが有効。ということは、現ロシアのカリーニングラードも、現ポーランドのヴロツワフも、皆、ドイツ帝国の領土となる。

 

ドイツ帝国が有効であるとする根拠は、ワイマール憲法の処遇だ。当時、世界で一番民主的と言われたワイマール憲法は、ナチにも、また、のちにドイツを占領した連合軍にも、正式に停止されることはなかったという。

国家は憲法を持つことで初めて独立する。ワイマール憲法が生きている限り、ドイツ帝国も生きているというわけだ(注・ワイマール共和国というのは、実は俗称で、正式名はドイツ帝国だった)。

つまり、1948年にできた基本法(現在のドイツ憲法に相当)は無効で、それに基づく国家も無効。本来ならば、私たちは、ドイツ帝国の世に生きていなければならないということになる。

そのドイツ帝国を継承している人たちが、“帝国臣民”だ。彼らに言わせれば、現在のドイツ連邦共和国政府は、いわゆる有限会社で、国民は単なる“人間”でしかない。

ただ、正当であるはずのドイツ帝国は、現在、国家権力を有していないので、彼らは止むを得ず代理政府を建て、細々ながら、帝国の政務を独自に遂行している。

“帝国臣民”の認識では、現在のドイツ帝国は今も連合軍に占領されていて、私たちはいわば戦時下にある。その証拠は、帝国内に旧連合軍の基地があり、70年前に決められた通り、その駐留の必要経費をいまだにすべてドイツが支払っていることだ。

そして、もう一つは、国連に今なお記されている敵国条項。これは、ドイツと日本を牽制する条項とも言えるが、ここには「第二次世界大戦中に連合国の敵国だった国」が良からぬ行為に走った場合は、国連加盟国は、安保理の許可なしに、当該国に対する制裁戦争を始めることができると明記されている。

全国に散らばる“ドイツ帝国”

2013年9月、シュピーゲル・オンラインのTV Magazinが、全国に散らばる“ドイツ帝国”を取材しているが、その内容はかなりラディカルだ。

“帝国臣民”たちは、ドイツという国家の司法権も課税権も認めない。勝手に王立銀行やら、王立保険会社を作っているし、あちこちの帝国には、将軍もいれば、宰相もいる。様々な国章に、独自のパスポート、通貨もある。

レオパルドの皮のマントを着て、戴冠式をやっている時代がかった王様がいるかと思えば、ニーダーザクセン州では70代の帝国宰相と内務大臣が、警官の新しい制服について閣議をしていた。うち1人は、ハノーヴァー朝とウィンザー朝の王位継承権まで持っていると主張。

ちなみに彼らの政府の掲げる憲法は、ワイマール憲法よりさらに古く、1871年にドイツ帝国ができたときのもの。明治憲法のお手本となったドイツ帝国憲法だ。

とはいえ、これらの活動は、当然のことながら、現在のドイツの法律にことごとく抵触する。銀行業務や脱税が違法なのはもとより、勝手に作った免許証で車を運転することも、建設許可なしに建物を改造するのもすべて違法なので、裁判沙汰になっているケースも多いようだ。

しかし、捜査に時間がかかったり、役所仕事の手続きが煩雑だったりで、なかなか効果的には取り締まれないという。

関連記事