Aたちは土地を買ったつもりで6億5000万円もの大金を支払うのだが、実は土地の所有者が真っ赤な偽者だった。というより取引そのものが、仕組まれたまったくの作り話なのである。
そもそもAたちに話を持ちかけたのは、吉永精志という元弁護士だった。Aが続ける。
「かつて霜田さんが、弁護士資格を持っていた時代の吉永氏を使って不動産取引をしていたらしい。それで久方ぶりに連絡をとったとき、今回の物件を薦められたそうです。すでに吉永氏は弁護士資格を失ってはいましたけど、今でも多くの不動産業者が彼のところに飛び込みでやって来るという触れ込みでした」
くだんの土地の所有者は、武蔵野市吉祥寺に住む呉如増。呉は終戦後に台湾から日本に渡ってきた華僑で、都内で一財産を築いた実業家という。もとより不動産取引のプロであるAたちは土地の登記簿などから、呉という人物が実在することを確認して取引に臨んだ。
昨年8月、まずAは霜田とともに吉永と会った。指定された場所は、神田にある諸永総合法律事務所だ。Aが振り返る。
「吉永氏は肩書こそ事務員だが、諸永総合法律事務所のオーナーとして事務所を取り仕切っていると話していました。諸永芳春弁護士は第二東京弁護士会の副会長まで務めた大物弁護士だとのこと。その弁護士事務所を取り仕切っているというのですから、疑いもなく取引に応じました」
ちなみに吉永は弁護士時代、諸永の事務所に所属していた居候弁護士(イソ弁)だった。いわゆるボス弁が諸永であり、結婚したときの媒酌人でもあった。現在は立場が逆転しているかのような説明だったそうだ。
で、問題の土地取引に戻ると、このあたりから話が妙な方向へねじ曲がっていく。くだんの土地取引は、所有者である呉の代理人から持ち込まれたという。Aがこう首を傾げる。
「吉永氏によれば、その代理人と称する男が山口芳仁という呉さんの運転手兼ボディガードで、身のまわりの世話をしているとの話でした。山口が呉さんの資産管理を任されていて、今回の件を持ってきたのだという。ところが、肝心の呉さんが腰を痛めて銀座の病院に入院しているといわれ、なかなか会わせてもらえないのです」
なんでも台湾華僑の呉には息子がおり、その借金返済のために土地を売りたいという話。Aが苦々しく補足説明する。
「我々は、まずは当の呉さんと会いたいと吉永氏に伝えたのですが、後回しにされた。吉永氏は『呉さんとは何度もここ(諸永事務所)で会っているので、120%間違いない。だから信用してくれ』とまで言うのです。
その上で、『呉さんの土地を買いたいという希望者は他にもいる。売買の決済はいつまでにできるのか』といかにも急かす。売買契約については、呉さんが高齢なため手続きを諸永の事務所でおこなうといわれ、そのまま取引を続けたのです」

話はすべてでっち上げ
すでにこの段階でかなり怪しげではあるが、諸永法律事務所でおこなわれた一連の手続きには、大物弁護士の諸永自身も立会人になっている。そんな安心感があったかもしれない。またAたちにとっては喉から手の出るほど欲しい物件だったのだろう。
富ヶ谷の土地取引は、呉の代理人と称する山口を窓口にして進んだ。山口はジョン・ドゥというコンサルタント会社社長の肩書を持っているが、その正体はまさに不明だった。
「山口を吉永氏から諸永事務所で紹介されたのは、売買契約当日の9月3日でした。本人は日体大の空手部出身で俳優業をやっていたとか。映画セーラームーンなんかに出ていたと自慢していました」