Aが悔しがる。
「山口の話では、呉さんの息子は人形町のあたりで貿易会社やパチンコ屋を経営していた。その息子さんが覚醒剤の輸入をして警察にパクられ、呉さんに随分迷惑をかけたらしい。あとから警察に聞くと、すべて嘘でしたけどね。
呉さんには台湾で医者をやっている娘さんがいて、奥さんと一緒に暮らしており、きょうだいの相続争いになるのが嫌なので、財産処理を任されたとも話していました」
呉には実際、息子はいるが、その他の話はでっち上げばかり。すでにお分かりだろう。ことの次第は、山口が呉の代理人と称し、Aたちから土地代金をかすめ取ろうと企んだのである。
だが、さすがにAとしても土地の所有者である呉と一度も会わないまま、取引はできない。しつこく面談を求め、それがかなったのは土地の代金支払い日のわずか3日前、9月7日だった。
面談の場所は例によって諸永総合法律事務所だ。Aや霜田、吉永や山口などのほか、不動産登記の手続きをおこなうA側の司法書士とともに呉と対面したという。
「我々が到着すると、呉さんは食事に出かけているといわれ、吉永氏や山口としばらく待っていました。その間、吉永氏が『呉さんは腰の調子はだいぶよくなったけど、高齢で耳が遠いのでできるだけ手短に願いたい』と言い、山口が『呉さんは公証役場の手続きで時間がかかったので機嫌が悪いんです』などと話していました」
Aが当日の模様をこう思い起こした。
「食事から戻ってきたという呉さんは、いきなりバッグの中からパスポートを取り出し、同行した我々の司法書士の先生に見せるではないですか。だが、そのパスポートそのものが偽造だった。目の前の呉は、まったくの別人だったのです」
実は、この面談の際、呉はボロを出しているのだが、それは稿を改めることにする。
アパホテルも被害に
つまるところ呉に成りすました別人が、偽のパスポートや印鑑証明書まで作っていたわけだ。
おまけに山口たちは面談のあったこの日、呉を連れて銀座の公証役場に出向き、公証人に呉本人であることを証明する公正証書まで作成させ、この場に臨んでいた。手元に公証人が発行したその〈平成27年9月7日〉付公正証書の写しがある。
〈嘱託人呉如増は、本公証人の面前で、本証書に署名捺印した。本職は、パスポート、印鑑及びこれに係る印鑑証明の提出により上記嘱託人の人違いでないことを証明させた。よってこれを認証する〉
公証人は検察幹部などが退官後、法務大臣によって任命される。事実の存在や契約など法律行為の適法性について認証し、公正証書を作成する。
公権力が本人と認めたことになるのだから、Aたちが騙されるのは無理もない。
こうしてAたちは呉を本人だと信じ込んだ。
「売買は呉さんの息子の借金返済という名目だったので、やや複雑な形をとりました。9月10日当日、呉さんの所有名義をいったんダミー会社に移し、同じ日付で私が代金を支払って購入するという同日登記というやり方です。不動産取引ではそう珍しい方法ではありませんでしたから、それ自体に違和感はありませんでした」
結果、6億5000万円もの土地代金を支払ったという。売買代金の6億5000万円は契約手続きを取り仕切ってきた諸永総合法律事務所の口座に振り込まれ、弁護士報酬や手数料などを差し引いた残りが呉のもとへ渡る。と同時に土地の所有権がAへと移るはずだった。Aがこうほぞを嚙む。
「ところが、法務局で所有権の移転登記をしようとするとできないというのです。そうして調べていくと、呉は偽者だったと……」
当事者にとっては文字通りキツネに抓まれたような出来事だったに違いない。当然のごとく、諸永事務所や吉永に説明を求めたが、らちが明かない。Aは警察に訴え出た。
「警察が調べると、呉という人物は確かに実在するが、現在は台湾に住んでいて吉祥寺にはいない。それをいいことに土地の所有者に成りすましたのでしょう。聞くと、この手の事件は最近頻繁に起きて、警察も大わらわの様です。あのアパホテルも引っかかっている。私の事件では背後には大掛かりな地面師集団の影がちらついています」
次号では、事件の登場人物たちの驚くべき反応を紹介しながら、彼らがいかに東京を侵食しているか、さらに地面師詐欺の闇に分け入る。
(つづく)
「週刊現代」2016年11月5日号より