世界のカルチャーとエンターテインメントを覆いつつある「メガヒット」の仕組みとは? 新刊『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)の中から、「音楽の未来、ヒットの未来」に関する論考を特別に公開!
この先に何が訪れるのか
おそらく、遅かれ早かれ、日本でも状況は変わっていくはずだ。変化に対応できないものは、徐々に淘汰されていくはずだ。
では、その先に何が訪れるか。
ここ数年、アメリカで起こっていることが参考になる。まず一つ言えるのは、CDとして発売されない「ストリーミング発」のヒット作が生まれる、ということだ。
2016年4月、カニエ・ウェスト『ザ・ライフ・オブ・パブロ』はこれまでにない形で全米1位に輝いた作品となった。

ジェイ・Zが運営するストリーミング配信サービス「タイダル」独占で2月にリリースされたアルバムは、4月にスポティファイやアップル・ミュージックなどにも配信を解禁。
米ビルボードでは2015年よりストリーミングサービスでの再生回数をチャート集計に加味しており、そのポイントがランキングを押し上げた結果、ストリーミング中心のリリースでは史上初の全米1位を獲得した作品となった。
ちなみにアルバムは有料ダウンロード配信されてはいるが、CDとしては発売されず、カニエ・ウェスト自身も「今後自分の作品をCDで発売する予定はない」と公言している。
ストリーミング配信からヒットが生まれるにつれて、各プラットフォームの間での「独占配信」を巡る争いもヒートアップしている。特にビヨンセ、リアーナ、ドレイクなど大物アーティストによる新作の独占配信は加入者数を大きく左右するゆえに、かなりの綱引きが繰り広げられている。
そして、こうした大物アーティストの作品は、予告なくサプライズリリースされるのがもはや一般的になっている。
彼らはすでにSNSに数千万人単位のフォロワーを持っているため、マスメディアに頼らずともリリースを告知することができる。情報は瞬時に広まり、ファンやリスナーはこぞってSNSに感想や反響を書き込む。それを見た第三者がリンクをクリックしてストリーミング配信で新作を聴く。
こうしてリアルタイムで巻き起こる「話題性」こそが、ヒットの原動力になる。マスメディアはそれを後追いし解説する役割を担う。
音楽を"売らない"新世代のスター
さらにラディカルな存在もいる。
今のアメリカには、CDを発売したことがなく、それどころか音楽を"売った"経験すら一度もないままトップスターに上り詰めたアーティストが登場してきている。シカゴ出身のヒップホップ・アーティスト、チャンス・ザ・ラッパーがその代表だ。

1993年生まれの彼は、2012年、高校3年の春に最初の作品『10デイ』をネット上で発表する。これが現地のヒップホップ・コミュニティで絶賛を浴びたことをきっかけに知名度を上げた。
2013年の『アシッド・ラップ』はさらに高い評価を得て、各音楽メディアの年間ベストアルバムで上位に選ばれるようにもなった。特筆すべきは、この2枚のアルバムがすべて無料で配信されたこと。
フリーダウンロードゆえにヒップホップ界の用語で「ミックステープ」とも称されたこの2作が大きな話題を巻き起こしたことが、彼の地位を押し上げた。数々のメジャーレーベルが獲得に動いたが、その契約オファーを彼はすべて断った。あくまで有料販売をしないという方針を貫いた。
そしてチャンス・ザ・ラッパーは、2016年5月に新作『カラーリング・ブック』をリリースする。CDもダウンロード販売もなく、アップル・ミュージック限定で配信リリースされた作品だ。
アルバムはビルボードチャートで初登場8位にランクイン。ストリーミング配信の再生数によるポイントは数万枚のCDセールスに匹敵する数字となり、史上初の「ストリーミング配信のみで全米トップ10にランクインしたアルバム」となった。
重要なのは、ストリーミング配信によって、若い世代のアーティストが夢を掴むための新しい可能性が生まれていることだ。
この本の冒頭では、「『音楽が売れない』と言われ続けて、もう20年近くが経つ」と書いた。しかし現在のアメリカの状況は、音楽が"売れない"という認識のはるか先を進んでいる。意図的に音楽を"売らない"ことを選び続けたアーティストが、新世代のスターになり、巨額の収入を得ているのである。