トランプ・ショックで「学級崩壊」!? ニューヨークでいま何が…

アラサー女子のNY留学日記

大統領選が災害と同じ扱い

11月9日の午後、大学に籍を置くすべての学生へ宛てて、学長の署名入りで一斉メールが届いた。

「今日は道端でも駅でも職場でも、あちこちでナマの感情が渦巻いている。昨日の歴史的な大統領選を経て、我が国は今、未曾有の変化の幕開けに在り、誰もが動揺を隠せないことと思う」と始まる文章は、「我が校の集団的な回復力を信じる。諸君はこの出来事から多くを学び、来たるべき日々にその知性と才能とを、我が校・我が国・国際社会をよりよくするための創造的問題解決に使ってもらいたい」という激励で終わっていた。

その後、選挙結果を受けて心身に不調や不安を抱えた学生はヘルスサービスのカウンセリングを利用するようにという通達や、「post-election」をテーマに学生集会を催す場合は後援を惜しまないという学事連絡が相次いだ。

学生生活への影響に配慮してこうした措置が取られるのは、ちょうど1年前のパリ同時多発テロ事件や、6月にフロリダ州オーランドのゲイクラブが襲われた銃乱射事件、9月のニューヨーク連続爆発事件以来だ。

いくら想定外の出来事とはいえ、大統領選が、死傷者の出た人為的災害と同じ扱いを受けるとは……。もしドナルド・トランプではなくヒラリー・クリントンが当選していたら、まず届かなかったはずのメールである。

パーソンズ美術大学 photo by Iku Okada

私が通うニュースクール大学はその名の通り、既存アカデミズムへのカウンターとなりうる「新しい学校」として1919年に設立された。とくに第二次世界大戦下、ナチスの迫害を逃れたヨーロッパの知識人たちを多く受け容れた「亡命者の大学」として知られている。

しかしこの学校の学生寮でも、12日にとうとうヘイトクライムが発生した。ユダヤ系女子学生の部屋のドアに何者かが鉤十字を描いたのだそうだ。

学長からは即日、「人種、民族性、宗教、ジェンダーアイデンティティ、政治的信念に基づいて他者を侮辱する行為は、本学の価値観に反する忌むべきものである」、卑劣な行為を断固として非難し、NYPDとともに全力で捜査にあたり学生を保護する、という力強い声明が届いた。

隣同士の位置関係にあるニューヨーク大学の学生寮前でも、大掛かりな警察の出動を幾度か見かけた。新しい大統領が決まっただけで、街は今までにない不穏な空気に包まれている。

誰もが「おのぼりさん」

昨秋から私は、このニュースクール大学の傘下にあるパーソンズ美術大学でグラフィックデザインを学んでいる。マーク・ジェイコブスやアレキサンダー・ワンなどを輩出したファッションデザイン学科がとくに有名な、世界屈指のアートスクールだ。

大統領選当日の学内の様子 photo by Iku Okada

男女比は体感2:8ほどで、LGBTQの学生も多く、校舎内ほとんどのトイレは、男女の別がないオールジェンダー仕様。そして外国籍の留学生が全学生の約4割を占める。以前履修したある授業では、生まれも育ちもアメリカという白人学生が16名中2名しかいなかった。

新入生歓迎会のとき日本人同士でしゃべっていると、横にいるアメリカ人に「なんてこと、私、あなたたちの会話が全然わからないわ……」と驚かれた。慌てて謝って英語に切り替えたのだが、彼女は「いいのよ、違うの、みんな海を越えて遠くの国から来たのよね。東京で働いてたなんてすごいわ、クール! 私も行ってみたい!」と笑顔を輝かせている。

見渡す視線の先には、中国人がいて韓国人がいて、インド人がいてインドネシア人がいて、メキシコ人がいてエジプト人がいてスウェーデン人がいる。みんなバラバラの文化で育ち、それぞれに訛りの強い英語を話し、互いのことをよく知らないまま、その違いを尊重し合っている。

一度は地元で就職したものの、デザイナーになる夢を捨てきれずに上京してきたという白人の彼女にとって、それは初めての「少数派と多数派が逆転する」光景だったのかもしれない。ここより大きな都会は他にないのだから、外国人だろうとアメリカ人だろうと、ニューヨークにおいては誰もが「おのぼりさん」になる。

親元を離れて好きなことを学び、好きに着飾って、性的指向を隠す必要もない。世界中から集まる仲間と、新しく刺激的なことをどんどん試して、自由を謳歌する。そんな夢の暮らしを思い描いてこの大都市へ進学してくる。

いわゆる「トランプ・ショック」で一番落ち込んで見えたのも、こうしたクラスメイトや、あるいは年若い教員たちだった。選挙後しばらくは講義が成り立たないコマもあった。

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