「負ければ返金」で大失敗
そのためには、いろんなことにトライして「成功体験」を共有することが一番効果があります。でも、それまでには厳しい洗礼も浴びました。
就任1年目の'12年、ゴールデンウィークのことです。ベイスターズへの関心を惹きつける目的で実施した出血大サービスイベントが「全額返金!? アツいぜ! チケット」です。
1枚4000円で1試合につき50席分のチケットが、負ければ最大全額、勝った場合もお客様の満足度で2000円まで返金できる企画でした。そのイベント期間中、5試合で3勝1敗1分と勝ち越したにもかかわらず、払い戻し希望者が85%におよび、約47万円が払い戻されました。
試合後、中畑清監督(当時)の「オマエらのプレーには金を払えないと言われたようなもので、現場にとっては屈辱以外の何物でもない」との談話も目にしました。
実施前、昔からいる球団職員から「絶対にやらないほうがいい」と反対され、私も内心、「失敗するかも」と思っていた。でも合議制でみんなの調和をとっていたら、閑古鳥が鳴いていたハマスタにお客さんは戻ってこない。改革するには、やるしかなかったのです。
企画自体は失敗でしたが、前例にとらわれずに革新的にチャレンジする、というメッセージを社会に示した、という意味では成功だったのです。
インターネット調査やアンケート、覆面調査会社にもどんどん入ってもらい、顧客がどこにいて、何を求めているかのデータをとり続けました。すると、30〜40代のサラリーマン層の来場者が増え、潜在的なお客さんであることがわかったのです。
この世代は、松坂大輔(現・ソフトバンク)が横浜高で甲子園で春夏連覇を果たし、ベイスターズが日本一になった'98年に、何度か野球観戦に訪れていました。球場周辺の就業人口もその層が多かった。
球団内部では、「これからは女性ではないか」という議論もされていましたが、新規開拓をするより、かつてのお客様を復活させるほうがコストも低く抑えられる。私は、30〜40代の男性層を戦略ターゲットのひとつに定め、社員と話し合って「アクティブ・サラリーマン」というキャッチコピーをつけました。
彼らの層は、野球観戦もさることながら、ビールを飲みながら会話する「雰囲気」を楽しみに来場していた。試合開催日に横浜スタジアムの球場外で、定期的にビアガーデンを開催したのも、それが理由です。
さらに、彼らはCDをあまり購入しない代わりにライブやコンサートに頻繁に行く傾向も把握できた。ベイスターズでは試合前後や試合のイニングの合間などに実施するイベントで音楽を流しますが、その選曲にもこだわった。
基準は「5人に3人が知っている曲」です。試合後に流す曲として、米国のヘヴィメタバンド、モトリー・クルーのバラード、『ホーム・スイート・ホーム』を選びました。アクティブ・サラリーマンは、思春期のどこかで耳にしたことがある曲だからです。
就任前の'11年シーズンには年間の観客動員が110万人だったのが、今年は史上最多の194万人まで伸ばし、主催72試合のうち、54試合で満員にできました。
さらに今年1月、横浜スタジアムと友好的TOB(株式公開買い付け)が成立し、顧客満足度があがらなかった球場内の飲食面の改善を図れました。意思決定のスピードが上がり、球団独自のビールを作るなど、顧客のニーズに応える体制が整いました。