SMAP解散後のジャニーズを担うのはいったいどのグループ?
音楽業界の構造的変革を論じた話題書『ヒットの崩壊』の著者・柴那典氏(音楽ジャーナリスト)と、ジャニーズを戦後日本のあり方に関わるカルチャーとして捉えた『ジャニーズと日本』の著者・矢野利裕氏(批評家)による新春特別対談をお届けします。
ネットを活用しないジャニーズの特異的な姿勢や、SMAPが背負ってきたテーマを代表的な楽曲から論じた第1回、J-POPにおける「踊る」楽曲のヒットや新たなスタイルの隆盛を分析した第2回に続き、今回考えるのはSMAPの「後継者問題」です。
SMAP後継者問題、ヒントはドリフにあり?
柴 以前、嵐について矢野さんと対談したのは2015年でした。SMAPが解散したこのタイミングだからこそ、あらためて嵐の話をしましょうか。
矢野 ええ。SMAPの後、国民的アイドルに最も近いのは嵐ですよね。
柴 SMAP以降で「国民的」という形容詞を背負える器を持っているのは、間違いなく嵐しかいないでしょうね。
矢野 とはいえ、嵐も未知数なところが多くて、いろんな論点を持っているグループです。1999年のデビュー曲『A・RA・SHI』では冒頭からラップが入っていますが、1990年代後半であることを考えても、「ラップをする」というのはひとつの態度表明になっていたような気がします。ラップといえばDA PUMPの直後でもある。
『ジャニーズと日本』では、そのことに重点を置いて、嵐におけるヒップホップ精神みたいなものを自分なりに抽出して、それをジャニーズ史に位置づけました。それは何かといったら「誰でもできる音楽」としてヒップホップを見せてくれたことです。
第2回でも話した「リアル/フェイク問題」でもヒップホップは大事な論点だったけれども、櫻井翔のソロ曲に『Hip Pop Boogie』があるように、ポップスのいちジャンルとしてヒップホップを扱っており、それが重要なあり方になっている。
それに伴って嵐という存在自体も「誰でもできるアイドル」の姿であるかのような、フラットな関係性の中で見せていくグループになっていった。その彼らが今、国民的アイドルになっている。これはAKB48あたりにも重なるところがあるんでしょうか?
柴 AKB48にはフラットな関係性はないですね。AKB48は常に序列があり、その変動によってグループが活性化しています。実は、「国民的」という言葉から僕が思うのは、SMAPとドリフターズとの関係性なんですよね。
矢野 ドリフターズですか。
柴 クレイジーキャッツ、ドリフターズ、SMAPと、やっぱり「音楽と笑い」を兼ねたグループが、日本においては「国民的」と呼ばれてきたと思うんです。ただ、ドリフターズとSMAPを比べると対照的なところがある。
ドリフターズって組織なんですよね。いかりや長介というボスがいて、ボスに対して4人が従ったり反発したりする。その関係性がグループのダイナミズムを生んでいた。これは多分に昭和的だと思うんです。
一方で、SMAPの関係性は違う。中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾というそれぞれ別の能力を持っている人間が仲間としてグループを結成している。ドリフターズに比べればフラットな関係性です。そこに平成の時代性を感じる。
そして、ドリフターズも5人組、SMAPも5人組、嵐も5人組ですが、嵐の関係性もSMAPとは違いますね。嵐はメンバー間がより親密だし、『ジャニーズと日本』の言葉を借りれば「普通」である。
矢野 SMAPはまだ個々のキャラクターがそれなりにあった、というわけですよね。