2010.05.07
# 雑誌

灘高 元生徒会長 城口洋平の頭脳

本人は認めないが、世界一入社が難しい
IT会社の内定を断った伝説を持つ22歳

 友達は本番を受けずに帰ってしまいましたが、僕は逃げるのがいやで本番まで受けました。結果は驚きの7位。その後は塾の勧めもあったのでそのまま神戸の塾に入ったのですが、受験対策の参考書が机の上で山のようになりました。

 城口氏は'87年、創業100年を超える老舗企業の長男として生まれた。家族は慶応大卒の父と女子大卒の母、現在大学3年と高校2年の妹の5人。教育方針は自由放任でやりたいことはなんでもやらせてくれるが、やるからには全力でやり遂げることを要求された。城口氏は自ら希望して小1のときからテニス、書道、水泳、絵画と習い事に明け暮れた。

 旺盛(おうせい)な好奇心と、やりだしたら徹底するという気質は、こうして涵養(かんよう)されたという。ちなみに小1で実施されたIQテストの結果は、県内1位だったという。

 塾の仲間が2~3年かけてやってきたことを、僕は実質3ヵ月でやらなければならない。めちゃくちゃ必死ですよ。残された時間を逆算したら、授業中も昼休みも起きている時間は全部勉強に充(あ)てないと間に合わない。クラブもバスケから図書部に転部させてもらってひたすら勉強しました。

 灘に入学したあとは、中高の6年間でどうやって埋没せずに存在感を出していこうかと考えました。自分は団体行動、イベント、体育祭などを仕切るのが好きだったので、そこで1位になることを目指したのです。高校で生徒会長になったのもその流れです。

 勉強は死ぬほどしました。ただ中高6年間を通じて、成績は学年200人中の20~30位。トップには届かなかった。ここでも、「天才」の壁にぶち当たりました。

伝記を読むのが好きだった

 高校では、灘高生の見本となるべく質実剛健な生活をしていました。小遣(づか)いは月3000円くらい。ただ、当時は女優の加藤あいの大ファンだったので、電車内に貼ってあるポスターを内緒で持ち帰ったり(笑)、普通に中高生の生活も楽しんでいました。

 本はよく読んでいましたね。ソニー創業者の盛田昭夫が日本バッシングに対抗して英語で書いた自伝『MADEINJAPAN』なんかも中3で読んでいました。

 ほかにも英語の本はよく読みました。マンガはそれほど読まなかったけれど、大学で、カンボジアの戦乱を経験した2人の日本人が、腐敗した日本の政治体制を表と裏の世界から変革していく『サンクチュアリ』を読んで、「和僑(わきょう)」(世界に飛び出して生きる日本人)の考えに影響を受けました。

 あとよく読んだのは歴史小説。時代背景が知りたいのでデータベースとして読むんです。人の人生を知るのがすごい好きで面白い。だから伝記もよく読みます。この人は何でこのときこう思ったのかとか、時代的な背景を考えるのが好きなんです。明治維新や終戦後に、「この変化に5年かかったのか」などと考えるのが面白くて。

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