猫の飼育数が犬を逆転し、空前の猫ブームが訪れている昨今。ペットと一緒に入居できる老人ホームや、アニマルセラピーを取り入れる病院も増えている。犬と違い、飼い主の言うことなんて絶対聞かないのに、猫を抱くとなぜこんなに人は癒されるのか――。
セラピーキャットとして育てられた「ヒメ」を主人公に、認知症、統合失調症、知的障害などを抱えた人に寄り添う猫の癒やしの謎に迫った『すべての猫はセラピスト 猫はなぜ人を癒やせるのか』より、ヒメのセラピーの様子を紹介する。
何もできないのがいい
猫は調教できず、トレーニングが苦手な動物である。ヒメのようなプロのセラピーキャットは珍しいが、アニマルセラピーの場で猫に求められるのは、訓練によって習得する技能や犬のように指示に従う行為ではない。
たとえば、飼い主の小田切敬子が訪問している精神科クリニックでは、ヒメに「お手」や「お座り」をさせてもあまり歓ばれないという。
「せっかくできるので見せたいし、ヒメもそんなに嫌々やっているわけではないのですが、『もうしなくていいのよ、猫も大変ね』って(笑)。猫は静かに抱かれていたり、そばで好きなようにやっている感じがいいみたいですね。
うつ病などの精神疾患の人たちは、何かをしなさいと言われるのが苦痛なので、猫が好きなようにやっているほうがリラックスできる。自分に投影したときに、本当は自分もあんなふうに好きなようにして生きていきたいという思いがあるのでしょう」
犬も小型犬なら抱くこともできるが、体のしなやかな猫とは抱いたときの密着度が違う、と小田切は語る。
「体に不自由なところがあっても、猫は柔軟に対応できる。車椅子の方の膝の上に、犬はきちっと乗せられなくてうまく抱けないことがありますが、猫の場合はそういう心配をほとんどしなくてよい。猫はどんな体勢も可能なので、膝の上でなくても、胸に真っすぐ縦に抱くこともできます。

うまく指先を使えなかったり、力加減ができない人が猫の体をつかんで引っぱっても、猫は皮が伸びるだけで痛がらないから、人の行動は脅威になりません。しかし、犬には苦痛が伴うはずです。また、猫は犬に比べてにおいがなく、清潔感があることも特性のひとつですね」
訓練が苦手で、ただそこにいて、好きなようにしていればよいとされる猫は、天性のセラピストといえる。アニマルセラピーに参加する猫にかぎらず、すべての猫はセラピストである。
猫は人間のセラピストのように悩める人の話を傾聴し、言葉で支援できるわけではないが、人のそばにいて共に感じ、共に悲しんでくれるように思える。
医師なら薬で、カウンセラーなら言葉で癒やすであろうが、猫の癒やしは抱くともなく抱かれ、うちひしがれている人にひたすら寄り添っているだけ。猫はただ、あるがまま、ここにいるだけでよいと、自分に代わって肯定してくれる存在だ。