独身でもあえて人妻と偽る
人妻と風俗の敷居が低くなったのも、人妻風俗の興隆に一役買った。
派手なネオンサインの風俗店に勤務するのではなく、雑居ビルのオフィスに待機して、客が待つラブホテルに直行する。私服のままで人目につかない気安さと、その日にギャラがもらえることから、風俗産業は人妻たちの新たな職場となった。
長引く不況のせいで夫の稼ぎが減りつづけ、収入増が見込めないとなると、女房たちは家計を補填するために風俗に飛び込む。人妻の中には若いころ援交をしてきた層も存在し、風俗勤めのハードルは低い。
若いうちにシャネル、グッチといったブランド品を手に入れたことがあると、結婚してからもブランド品から遠のくことはあり得ない。身の回りにユニクロがあふれても、ヴィトンやグッチ、エルメスのひとつやふたつは身につけていたい。
現金収入の得られる風俗は、既婚者になってからもブランド購入の強い味方だ。

風俗業界では20代後半になると、独身でもあえて人妻と身分を偽ることがよくある。人妻と名乗っただけで指名本数が3倍増になるからだ。
また20代後半なら30代に、30代後半なら40代に、実年齢よりも歳を上にごまかす、逆サバが風俗業界やAVにもよく見られる。そのほうが人気が出るからだ。
風俗で働く奥さんたちの質も飛躍的に向上した。
36年前、私が味わったあの悲劇はいまは昔のことだ。
ところであの女装力士女はいま、どこで何をしているのだろう。
後期高齢者になって孫に囲まれ幸せに暮らしているのだろうか。それとも——。
本橋信宏(もとはし・のぶひろ)ノンフィクション作家。 1956年所沢市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。 私小説的手法で壮大な庶民史を描くことをライフワークとしている 。近著に『上野アンダーグラウンド』(駒草出版)『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)等。