あらゆる動植物のDNA(遺伝情報)を自由自在に書き変える、最新鋭のゲノム編集技術「クリスパー(CRISPR Cas9)」の特許紛争が一里塚に達した。
米特許商標庁(USPTO)は先週、クリスパー技術の基本特許を、事実上、米ブロード研究所に所属するフェン・ジャン(Feng Zhang)博士らの研究チームに与える裁定を下したのだ。
ただし彼らと争ってきたジェニファー・ダウドナ(Jennifer Doudna)教授らが所属する米カリフォルニア大学バークレイ校は、連邦控訴裁で引き続き争う公算が高く、最終的な決着はまだついていない。
今回の特許紛争は、特許商標庁の「特許法廷(Patent Trial and Appeals Board: PTAB)」において、一種の裁判形式で争われたきた。
その端緒から今回の判決(裁定)に至るまでの経緯、さらに今回の判決自体も非常に複雑で分かり難いので、以下、なるべく理解し易いように整理して説明したいきたい。

クリスパーの誕生
もともと、クリスパーの発明者として衆目の一致するところは、前述のダウドナ教授とフランス出身の生物学者、エマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier)博士らの共同研究チームだった。
彼らが2012年6月、米サイエンス誌に発表した学術論文“A Programmable Dual-RNA–Guided DNA Endonuclease in Adaptive Bacterial Immunity”が、クリスパーの誕生を告げる記念碑的な論文(日付は同年8月)として知られている。
ところがクリスパーの基本特許を取得したのは、大方の予想に反し、(ダウドナ氏らとは全くの別人である)ジャン博士らの研究チーム、つまり米ブロード研究所(米マサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同設立した研究機関)だった。それは2014年のことである(https://www.google.com/patents/US8697359)。
これに対しダウドナ陣営(カリフォルニア大学バークレイ校)は当然のごとく異議を唱え、USPTOにクリスパー特許の再審査を請求。これが受理され、2016年1月に特許法廷で再審査(裁判)が開始された。
ちなみに、この種の特許紛争は一般に「Patent Inteference(特許抵触、あるいは特許干渉)」と呼ばれる。
と言っても何のことやら分かり難いだろうが、「ある特許申請と別の特許申請がinterfere(干渉)する」とは、要するに「それら別々の特許(申請)が、実質的には内容が同じの同一特許である」という意味だ。
申請のタイミングと特許内容の同一性が問題
これにはクリスパーの技術開発と特許申請のタイミングが大きく関係してくる。
実は両方ともダウドナ陣営の方がジャン陣営もよりも先にやっている。
しかしジャン博士らは、特許申請の際に若干の割り増し料金をUSPTOに払っていたため、ダウドナ教授らよりも先に申請書類を審査され、先に特許を取得してしまった(ダウドナ陣営の特許申請はいまだにペンディング、つまり保留状態に置かれている)。
つまりダウドナ陣営の言い分は、「クリスパーの技術開発でも特許申請でも、あたし達の方が先にやったのに、なんで、あんた達(ジャン陣営)が特許取っちゃうのよ!」ということだ。
これに対するジャン陣営の反論は、「違うよ、あんたら(ダウドナ陣営)がやったのはクリスパーの基礎研究に過ぎないんだよ。俺たちは単なる基礎科学じゃなくて、たとえば医学や新薬の開発、さらには農畜産物の品種改良などに応用できる、つまり実際に使えるクリスパー技術を開発したんだ。だから俺たちが特許を取得するのは当然だろ!」ということだ。
しかしダウドナ陣営では、「何言ってんのよ、あたし達とあんた達の特許申請は、実質的には同じ内容でしょ!」と反論。
もしも、この主張が特許法廷で認められると、技術開発のタイミングでは明らかにダウドナ陣営の方がジャン陣営よりも先にクリスパーを開発していたので、2014年にジャン氏らに与えられたクリスパー特許が無効になり、今回、改めてダウドナ氏らのチーム(カリフォルニア大学バークレイ校)に(現在、審査が保留中の)クリスパーの基本特許が与えられることになる。