中二病の極致
今回は人生のベスト10を選んだのですが、結果として「大衆小説」のセレクションのような形になりました。
1位に選んだ山田風太郎の『甲賀忍法帖』の初版は1959年。その後'60年代にかけて流行した忍法帖シリーズの一作目です。
本書を初めて読んだのは小学生の頃で、'80年代半ば。僕からすると親世代の流行作家なのですが、今読んでも驚くほど痛快で、面白い作品です。
甲賀と伊賀の異形の忍者が超常的な戦いを繰り広げる、ゲーム小説のはしりとも言える作品。破茶目茶な活劇に見えて、忍者の里では近親婚が多く「血が濃い」など、大人になって読み返して初めて意味がわかる設定も多い。
他にも、猿そっくりの木下藤吉郎が性欲に突き動かされて天下を統一する『妖説太閤記』や、南総里見八犬伝の物語と、作者の滝沢馬琴の生活を交互に描く『八犬伝』など、荒唐無稽のようで、実際は古典に裏打ちされた知性がなければ書けない虚実交えた作品を残している。山田風太郎は一番好きな作家です。
今では、様々な人間の最期を描いた『人間臨終図巻』の作者として知られていて、僕もオマージュした『バンド臨終図巻』という本を出しましたが、大衆作家として読まれた彼の作品は、もっと語られるべきだと思います。
時代というものは、文学性だけではなくて娯楽性を追求した大衆作家の作品を批評することで、その文化や空気を切り取ることができると思うんです。
2位に選んだのは大藪春彦の『蘇える金狼』。大藪のハードボイルド作品が人気を博したのは'60年代ですが、松田優作主演の映画のお陰で知る人も多く、僕も後追いの世代です。
大藪作品にはお決まりのパターンがあって、昼間はしがないサラリーマンだけど、夜に肉体を鍛えあげ、企業スパイとして暗躍したり、親の仇と対峙する。
とにかく女にモテたり、今の言葉で言うと「中二病」の極致のような作風。なかでもずば抜けて面白いのが『蘇える金狼』です。僕は中学生時代に夢中になったのですが、これを大人が読んでるのか、とも思わされた(笑)。
でも、大藪作品からは、高度経済成長の裏にあったカネや権力を巡る人間の空虚さや、アメリカへの憧れとコンプレックスを読み取ることもできる。村上春樹や片岡義男、今回選んだ村上龍や矢作俊彦の作品も、その時代に彼らが「アメリカ的なものをどう受け容れたか」という視点で読むと、戦後日本の空気が垣間見えて興味深いですね。
「雑な世界観」に惹かれる
3位の『犬神家の一族』も、『金狼』と同じく名作映画の原作として知られていますが、小説としても傑出した名作です。
横溝作品は、戦前日本の因習を背景にした殺人事件が起こるのが定番。『犬神家』は、戦前の生糸産業から近代工業へと変化する地方の町を舞台に、ある資産家の家で起きた相続騒動が事件を生み、金田一耕助が立ち向かう、あまりにも有名なミステリー。
織り機から自動車へという歴史はトヨタを思わされますし、本筋の他でもいくらでも深読みできる作品です。
'80年代を代表する大衆小説家が、赤川次郎。横溝のようなそれまでのミステリーでは、水車を使った殺人など、事件は田舎の大きな家で起こった。それが、『三毛猫ホームズ』では都会の建築物や、オフィスビルが事件現場になっている。
この歴史的な流れはそのまま、当時大流行した角川映画の舞台が、田舎から都市へと移る流れと重なります。田舎町から、都市や郊外の建築物へ。日本人の生きる場所、死ぬ場所の変化は、大衆作家の作品のなかにこそ鋭く現れているんです。
どうしても外せないのが村上龍で、2作をランキングに選びました。芥川賞作家ですし、大衆的だが文学的でもあるという評価をされていますが、僕は村上の「雑な世界観」の作品が大好きなんです。