「万歳ナチス」と本気で作詞? 名作詞・作曲家たちの知られざる逸話

あのオカルトソングから東大応援歌まで
辻田 真佐憲 プロフィール

オカルトソング「海ゆかば」

それはさておき、信時といえば、やはり「海ゆかば」をあげなければなりません。太平洋戦争中に大政翼賛会によって「君が代」に次ぐ「国民の歌」に指定され、広く歌われた軍歌です。

海ゆかば みづくかばね
山ゆかば 草むすかばね
大君の へにこそしなめ
かへりみはせじ

戦時下に活躍した音楽家の例に漏れず、信時も軍歌を作曲しました。ほかの音楽家にくらべれば寡作だったのですが、幸か不幸か、もっとも有名な軍歌のひとつである「海ゆかば」を作曲したため、これが代表作になってしまいました。

どこにいっても、信時といえば「海ゆかば」。「海ゆかば」といえば信時。

このせいで、ある方向からは「許せない」(佐々木光)と怒られ、またある方向からは「日本人の精神史の結晶」(林秀彦)などという謎の片思いを寄せられたりしています。

とくに片思いはすごく、一冊の本まで編まれています。それが、新保祐司編の『「海ゆかば」の昭和史』。いろんなひとが「海ゆかば」を絶賛していて、驚かされます。

そこからひとつだけ紹介してみましょう。

 

評論家の松本健一は、ある講演会で「『海ゆかば』を国歌にしたらどうか」と述べたところ、突然、初老の人物が立ち上がってこうつぶやいたそうです。

「そう、それしかない……」

怖い。わたしもなんどか講演をしたことがありますが、こんなことをされたら、恐怖体験として一生記憶に刻まれそうです。

このように「海ゆかば」は、いまやすっかりオカルトソングと化しています。なお、森友学園が運営する例の幼稚園でも、この軍歌は歌われていました。

また今年4月に産経新聞が主催した「海道東征」(神武天皇の神話をテーマにしたカンタータで、これも信時の作曲です)のコンサートでは、アンコールでこの軍歌が歌われました。

そのとき、盛大な拍手が起こっただけではなく、一部の観客が起立する珍事もありました。いつの間にやら、「海ゆかば」は「立って聴くべき歌」にさえなってしまったようです。

「乞食が一銭くれとねだっているような歌」

では、信時がオカルト的人気を誇る軍歌ばかり作っていたのかといえば、じつはそんなことはありません。

そもそも「海ゆかば」は、1937年に日中戦争がはじまってまもなく、日本放送協会(現・NHK)の依頼を受けて作曲されたものでした。

これと同じく、太平洋戦争がはじまって間もない1942年初頭に、同協会の依頼で作曲された「此の一戦」という軍歌があります。この歌は、大政翼賛会のスローガン「此の一戦、なにがなんでもやりぬくぞ」に曲をつけたものでした。

ところが、短いスローガンへの曲付けは無理があったらしく、同じ文言をなんども繰り返すなんとも珍妙な作品になってしまいました。

此の一戦、此の一戦、なにがなんでもやりぬくぞ、やりぬくぞ。
此の一戦、此の一戦、なにがなんでもやりぬくぞ、やりぬくぞ。
此の一戦、此の一戦、なにがなんでもやりぬくぞ、やりぬくぞ。
(以下、延々とつづく)

まるでオウム真理教の「修行するぞ、修行するぞ、徹底的に修行するぞ」をほうふつとさせます。現在でもCDの復刻で聴けますが、かなり辛い音楽体験を強いられます。

「此の一戦」への風当たりは当時もたいへん強く、「愚劣」「愚策」「乞食が一銭くれとねだっているような歌」などという酷評が音楽雑誌に載ってしまいました。

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