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堀 有伸 プロフィール

少し前に戻ろう。

『オイディプス王』の最後で、彼が勇気をもって真実を受け入れようとした瞬間に起きた、妻であり母であるイオカステの自殺、その喪失という事態はあまりに重く、彼はそれを受け入れることができなかった。「喪」の時間は排除された。

結果、彼は目を潰して真実を「見て見ぬふりをすること」を選んだ。その後のオイディプスは、自分が犯した罪は神々に押し付けられたものなので自分には責任がなく、それを責める者たちこそが悪意にとらわれていると断罪するように変わってしまった。

シュタイナーは「病理的組織化」という概念を提唱している。個人や集団・組織の心の中に、現実との接触や他者との情緒的な交流を避けることができるような「待避所retreat」が作られてしまうことがありうることを、この学派の精神分析家たちは観察し、「病理的組織化」と名付けた。

〔PHOTO〕iStock

この待避所の中では、本当の意味での全体としての個人は存在していない。そして「良い部分」は待避所の内部に独占され、空想的でナルシシステックな質が顕著で、万能感を保証している。

その内部から排除された「悪い部分」は、周囲に投影される。結果として、待避所の内部から外部への姿勢は非常に暴力的・攻撃的となり、その様子は「ギャング」(日本ならヤクザだろう)に例えられるようになる。

一度この待避所が出来てしまうと、変化や成長につながる現実との接触は妨げられる。そして、いつまでも同じような暴力的な心の動きがくり返される。

 

『コロノスのオイディプス』は、この「病理的組織化」の質を持っている。空想的な、自分を無垢と考えて神格化する万能感が中核にある。

そこから生じる権威を背景に、周囲の人々を相当に暴力的に支配しているが、そのことの自覚に乏しい。

逆に敵意を抱いているのは周囲であると体験され、それに対抗するための攻撃性の発露がくり返し起きている。

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