裁判官は身分の上では官僚ではないが、その仕事がどんどん「お役所化」していることを、これまでの連載で触れてきた。そして彼らは、天下りという官僚の悪しき利得も、同じように享受している。
受け皿は三つある
神ならぬ人が人を裁くという「聖職」にある、誇り高いはずの裁判官たちもまた、世俗的な欲望とは無縁ではない。任官中は、同期に遅れることを憂い、定年が近づいてくると、「第二の人生」に思いを巡らすものだからだ。
元裁判官の弁護士は、定年が視野に入った裁判官の心理をこう解説する。
「裁判官は、司法試験に合格しているので、退官後も弁護士としてやっていけると思われがちですが、この業界はそれほど甘くはない。
とくに司法制度改革で弁護士の人数が急増して以降は、顧客の奪い合いをしているような状況です。よほど能力の高い人でないとやっていけない。少なからず焦るものです」
また、別の元裁判官も、自嘲の笑いをもらしながら語った。
「裁判所は、官僚社会ですから、最高裁のおめがねにかなうか、目を付けられるかで、老後の生活設計がかなり違ってくる。
ですから、『判決はこういうふうに書かんといかんのじゃないか』『本当は、こう書きたいんだ』と思っても、ある程度、歳をとってくると自制する方向に流れるものです。人間って、なかなか強くなれない。理想と現実のギャップがありますよ」
憲法によって「身分保障」されている裁判官の場合、「報酬は、在任中、これを減額することができない」。
しかしこの条文を裏読みすれば、増額することなく、昇給をストップすることができる。同期より昇給を遅らせ、エリートの自尊心を毒することで、最高裁は裁判官に自己規制を促してきたのである。
一方で、裁判所にとっても「天下り先」はなくてはならない再就職先である。これによって組織のヒエラルキーを保てるからだ。
裁判所の頂点に君臨するのは、最高裁長官と最高裁判事の15名だが、このうち裁判官からの昇格は6名。あとの9名は、検事や弁護士などからの登用である。
全国3008人の裁判官の中から、最終的に6名を選別する一方で、定年を迎える同年代の高裁長官等に対し、一種の論功行賞として第二の職場を斡旋することが多い。そのための天下り先として、裁判所は、おもに三つの受け皿を保有している。
ひとつは、政府の「行政委員会」などの委員ポストであり、もうひとつが、「公証人」ポスト。そして、簡易裁判所の判事ポストである。
現在、14の「行政委員会」などに18名の元裁判官が天下っている。
いずれもが、衆参両院の同意を必要とする重要委員会で、身分は、閣僚や政府高官などと同じ「特別の職員」だ。そこでの仕事は、国家公務員の倫理違反の有無を監視したり、労使間の紛争を解決したりと、担当する行政分野で必要な調査や勧告などを行っている。
これに対し、支払われる委員報酬は賞与も含めると年間で約1800万~2800万円にのぼる。
この報酬額について、上田清司埼玉県知事が、衆議院議員時代に、高額すぎるとして問題にしたことがあった。ただし、当時と今では、報酬額は1割程度下がっている。
衆議院決算行政監視委員会で、上田は、委員会報酬を時給換算した数字を示し、こう質問した。
「総理大臣は年間支給総額を総時間で割りますと、時給に換算しますと1万5100円、これが総理大臣の時給であります」
そして、「中央更生保護審査会」「公害健康被害補償不服審査会」「社会保険審査会」などの年間の審議時間を示しながらこう続けた。
「これで、時給当たり換算すると、一番高いのが、1時間で43万7000円もらう方がおられるということになります」「それから他にも19万円だとか18万円。これは退職金も入っておりません」「各委員会の常勤委員の方々は、退職金が、一期3年程度で500万円いただける」('01年6月6日)
拘束時間が短く、高額の委員報酬だけでなく、退職金のおまけまでついているのだから、同委員ポストはもっとも優遇された天下り先と言えよう。
公証人は年収1500万円
当然のことながら、最高裁の覚えめでたい裁判官でなければ声がかからないポストのはずだ。