なぜ突然の「雇い止め」に…?
大学の方針が初めて明らかになったのが3月19日。この日、噂を聞きつけた「首都圏大学非常勤講師組合」が申し入れて、団体交渉が開かれたのだ。団交には労働法の専門家である佐藤昭夫・早稲田大学名誉教授(2016年に没)が、組合をサポートするために同席していた。
冒頭、大学の清水敏副総長(当時)は次のように説明した。
・今まで存在しなかった就業規程を作成し、2013年4月1日から実施する。
・非常勤講師、客員教員の雇用契約期間の上限を通算5年とする。
・2014年度より、非常勤講師が担当する授業の上限を1週間で4コマとする。
この就業規程が実施されると、5年後の2018年3月には、多くの非常勤講師が一斉に雇い止め、つまりクビにされることになる。加えて、授業の上限が4コマになることも大きな問題だった。
授業1コマの報酬は、週1回授業をして月に約3万円。無論、生活ができるわけもなく、複数のコマを持つことが当たり前となっており、早稲田大学では10コマ以上担当している非常勤講師も少なくない。そのようななかで、仮に10コマ担当している人が4コマに制限されると、単純計算で収入は月30万円から12万円に減少してしまう。生活が崩壊するレベルの不利益変更である。
大学は長年授業を支えてきた非常勤講師を、なぜ突然、このような形でふるいにかけようとしたのか。なぜ、突然就業規程を作成しようとしたのか。
もちろん、無期契約雇用者を増やしたくなかったのが一番の理由だろう。さらに、のちに大野さんが多くの資料を集めていくなかで、もうひとつの理由を読み解くヒントがあった。大学が改正労働契約法対策について検討を始めたのは、2012年11月に開かれた、学術院長(学部長)会議からだ。議事録には、次のような記載があった。
「(法改正の前に)常勤・非常勤の差異による役割や職務内容の違いを明確にし、労働条件が異なることを合理的に説明できる状態である必要がある」
この記述から大学側は、労働契約法の改正により、20条で禁止される非常勤と専任の「不合理な労働条件の相違」が問題化することを恐れていたと推測できる。
前述の通り、改正法の20条では「有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件を、不合理に相違させることを禁止する」とある。つまり、改正法が施行されれば、根拠なく非常勤と専任の差をつけることが許されなくなるため、両者の違いを記した就業規程を作成し、これを認めさせようとしたのだ。そうすれば、両者に労働条件の差があっても、「合理的」となる。
「違法行為」を否定しなかった早稲田大学
さて、団交の席では、大学側の就業規程作成の手続きが問題になった。
労働契約法では、事業所に労働者の過半数で組織する労働組合がない場合、就業規程を作るためには「労働者の過半数を代表する者」の意見を聞かなければならない、とされている(違反すれば30万円以下の罰金が科される)。
早稲田大学には、労働者の過半数で組織する組合は存在していない。非常勤講師は教員全体の約60%を占めているが、この団交の時点では、ほとんどの非常勤講師は今回の決定を知らない状態だった。にもかかわらず大学側は、団交の場で「すでに過半数代表者の意見は聞いている」と話し、組合側を驚かせたのだった。