あまりに残念な地銀の実態〜金融庁「異例の警告」の真意に迫る

もうダメ経営陣が淘汰されるべきでは…
多胡 秀人 プロフィール

問題なのは経営陣

そうした状態で外債投資を続けて損失を出し、それが資本の毀損につながるようだと大きな問題だ。

そもそも地域銀行の資本は、長い年月にわたって地元顧客との取引を重ねるなかで積み上げられたもの。だからこそ、地域の顧客や経済社会に何か異変が起こったときに使われるべきである。端的な例をあげれば、地元事業者の業況が悪化したとき、この資本をバッファとして事業再生を支援するケースが、それに当たる。

そのような趣旨の資本に、外債投資の失敗で万が一にも大穴を開けるようなことがあれば、地域の顧客に対して顔向けできないと考えるのが当たり前だ。バブル期に地域外のノンバンク向け融資などで莫大な損失を計上し、銀行経営を危機に陥れた過去を忘れてはならない。

地域銀行のスタッフ外債運用経験のあるスタッフは地域銀行には少ない photo by gettyimages

もしそうしたことがあれば、当然ながら責任問題となるはずだ。もちろん、責任をとるのは担当部門だけではない。運用経験の限られたスタッフ、不十分な情報といった劣悪な状況のなかで、外債投資で収益を上げるのはそもそも至難の技である。とりわけ現在のような金利環境ではなおさらだ。

本業での業務改革を怠り、不慣れな外債投資に安易に飛びついて損失を出した問題の所在は、経営にある。金融庁もここ数年の改革を通じて「問題なのは経営陣、ガバナンスの問題だ」と気づいている。森長官が頭取たちの集まる前であえて警告を発したのはそのためだろう。

 

「日本は銀行の数が多すぎ」はウソ

ところで、一部メディアの論調や有識者たちの議論のなかで、「地域銀行は数が多すぎる。役割を終えている銀行は退場すべき」という根強い意見がある。筆者としては、これには賛同できない。

数だけで言えば、日本の金融機関は、メガバンクから信金・信組まで足しても600行弱しかない。日本の2倍以上の人口を抱えるアメリカで7000行弱、日本の人口の3分の2ほどのドイツで2000行弱だから、日本がオーバーバンキングだという指摘は正しくない。

ただし、アメリカやドイツと違って、どの金融機関も似たりよったりの業務を行っている現実を見ると、オーバーバンキングだという指摘もあながち間違いとは切り捨てられない。

問題は数ではなく、横並びから抜け出して自らの独自性を持った経営ができない経営陣にあるのだ。役割を終えているのは地域金融機関そのものではなく、現状にしがみついている旧態依然とした経営陣なのである。

そういう現実に目を向けずに、「地方における人口減と経済環境の厳しさ」も「外債投資の失敗やフィンテックの台頭」も、何でもかんでも地域銀行の再編や淘汰に話を展開させるステレオタイプの報道があまりに多いことに、筆者は辟易としている。

再編はあくまで手段の一つに過ぎない。地域の特性(歴史や社会など)や競合関係を考慮した上で、独自の顧客本位のビジネスモデルを構築し、地域顧客の役に立つ存在に変身できれば生き残れるはずだ。

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