「お前、家賃滞納してるだろ」
異動先は、公安部公安一課の「極左暴力取締本部」だった。通称「極本」。極本の捜査員たちは、愛宕警察署の裏手にある「交通反則通告センター」に極秘の帳場(捜査本部のこと)を開き、東アジア反日武装戦線の正体を割り出す作業を進めていた。
古川原の任務は、東アジア反日武装戦線のメンバーと思われる佐々木規夫の行方を探すことだった。古川原は所在不明だった佐々木が、東京都北区中十条に住民票移転届けを出していたことを、戸籍調査で割り出した。
古川原は初めて佐々木の姿を確認した時の印象をこう語った。
「佐々木は当時の過激派の若者とは違い、真面目なインテリサラリーマンという印象。彼らの教えの中に、『革命を起こすために、人民の海に入るには、善良な市民を装え』という教えがある。佐々木はまさにそれを実践していた」
公安警察の真骨頂は徹底した「視察」、つまり尾行と張り込みである。このとき古川原は27歳。高校生時代は「くりくり坊主」だった頭は、肩までの長髪にパーマになっていた。当時の若者に溶け込みながら尾行するための偽装である。
行確(行動確認)を開始すると、佐々木は足立区梅島のアパートの1階に引っ越した。古川原は視察拠点の選定を命じられた。
絶好の場所にアパートがあったが、その部屋には大学生が住んでいた。いきなり家を訪ねて「警察だ。部屋をよこせ」とはいえない。そこで古川原は大学生の基礎調査を開始した。
すると、この学生が家賃を滞納していること、仕送りをしている実家の父親が、かなりの酒好きだということがわかった。
古川原はまず、ビールを1ケース持って、父親を訪ねた。そして父親にこういった。
「息子さんの家の近くで事件が起きているんだ。息子さんに話を聞きてえんだけど、全然見つからないんだ」
父親は息子と連絡を取り、引き合わせてくれた。
古川原は西新井駅近くのラーメン店で大学生と二人で会った。酒を飲ませながら、こう脅した。
「お前、家賃滞納しているだろう。親父さんから仕送りしてもらってるのに、とんでもねえ野郎だ。金は俺が払ってやるから、あの部屋から引っ越せ。親父には内緒にしてやる」
古川原は大学生に別の部屋を借りてやり、転居させた。まんまと視察拠点を確保したのである。佐々木のアパートまでの距離、120メートル。古川原は窓に簾を下げ、その簾の目の高さの竹を2本だけ切断した。その隙間に双眼鏡を当てて佐々木の出入りを確認したのだ。
(第2回はこちら)
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