このたび、『世界の混沌〈カオス〉を歩く ダークツーリスト』を刊行したジャーナリスト・丸山ゴンザレスが、フィリピン「麻薬戦争」の現地レポートをお届けする。
逮捕者8万人
フィリピンのスラム街で次々と人が殺害されている。殺されているのは麻薬の密売人や中毒者とされているが、その数は1年間で5千人にも及んでいるという。
これまでにない麻薬取り締まりの強化、撲滅作戦をぶち上げたのが、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領である。2016年6月に大統領に就任すると、すぐさま「麻薬取引を撲滅するため、犯罪者を一掃する」と作戦を開始した。
「もし銃を持っているなら自分の手で撃っても構わない。私が支持する」などの過激な発言は留まるところを知らず、人権を無視したかのような捜査と増え続ける死者数は、海外の首脳や人権団体から非難を受けることになった。
しかし80%という高い支持率を背景に、大統領は一切意に介さない。その結果、死者数が増えただけでなく、約8万人の逮捕者が出て刑務所もキャパシティオーバーとなっている。フィリピンで「麻薬戦争」が起きているとして、世界中のメディアが注目し始めたのは、この「刑務所キャパオーバー」がきっかけだったといえよう。
フィリピンでいったいなにが起きているのか。筆者は、いま国際的に注目を集めるフィリピン映画『ローサは密告された』(日本では7月29日に公開)の監督であるブリランテ・メンドーサ氏を取材した。現地に何度も足を運んでいる筆者の視点も含めて、フィリピンの「いま」を活写したい。

善悪二元論では語れない国
筆者はこれまでに何度となくフィリピンを取材し、特に現地の貧困層へのインタビューを重ねてきた。そのため、日本のニュースなどで報じられている現地の姿と実際のそれとの「食い違い」を感じることが多々あった。
まず、ニュースでは必ず政府側が正義である前提で報じられているのだが、フィリピンはそう単純な社会ではない。警察や政府が正義で、麻薬を扱う人が悪であるという善悪の二項対立が成立しないのだ。
フィリピンの抱えている大きな問題のひとつは、麻薬の蔓延である。と同時に、役人や警察の腐敗もまた挙げられる。フィリピンで会った市民に警察について質問すると、「あいつらは腐ってるよ」と大半の人が返してくる。とにかく、誰に聞いても警察のいい評判を耳にしないのだ。
実際、麻薬の取り締まりに限らず、軽度の交通違反でも賄賂を要求するし、飲食店のみかじめ料を要求してくる警官もいるという。当然のことながら警察の汚職は問題視され、社会問題になっているが解決の糸口は見えていない。
取り締まる側にも悪がいるのは間違いない。しかし、それもまたひと言「絶対悪」と言い切れないところがある。というのも、警官の大半が月給3万円程度の貧困層に含まれているのだ。かばうつもりもないが、生活をするために、彼らなりの方法で稼ぐ必要があるのだ。
「本当に悪い奴がどこにいるかなんて、地元の警察ならみんな知ってるよ」
フィリピンに長く住んでいる友人からそんなことを言われたことがある。麻薬撲滅作戦以前から、警察は主要な犯罪から微罪まで含めて、ある程度は誰が犯人かわかっていたし、犯人自体を知らなくても、知っていそうな連中のあたりはついていた、というのだ。
「知ってるなら、なぜ捕まえないのか?」
「そりゃあ、メリットがあるからだろ。それに捕まえるのは面倒なんだよ。いろんな手続きがあるし。そういうのを嫌がって逮捕しないのはフィリピンでは常識だよ」
友人の言葉を裏付けるように、多くのフィリピン人からもそうした話を聞くことができた。警察が巨悪を取り締まらなかったのは、そうした犯罪人たちから恩恵、つまり賄賂を受け取っていたからだった。
そんな持ちつ持たれつの関係であったが、ドゥテルテ大統領の登場で一気に変わった。

ドゥテルテ大統領が麻薬撲滅に乗り出したとたん、フィリピンの警察の姿勢が変わった。次から次へと麻薬関連の犯罪者を取り締まり始めたのだ。「心を入れ替えた」というわけではない。
大統領が「犯罪者をかばうようなものがいれば、それが警察とはいえ容赦しない」という姿勢をみせたので、現場の警官たちは、自分たちの悪事を知っている人間が邪魔になってしまったのだ。そこで、麻薬取り締まりの名目で、これまでの協力者たちを次々と殺害していった。
なかには、これまでの自分の罪を見逃してもらうために積極的に犯人を密告したり、殺し屋に委託した警察官もいたという。おかげで、「警察があいつを殺した」とか「あいつは警察に密告されて殺された」などの話が多くの麻薬取り締まり現場で聞かれた。