「ロンドン・タクシー」vs「ウーバー」
グローバリゼーションと技術革新の破壊力とは、ここまで凄まじいものなのか。
7月5日付ニューヨーク・タイムズ紙国際版の記事「タクシー戦争に反響するブレグジット問題(Echoes of ‘Brexit’ in cabby war)」を読んだ感想である。
記事によると、伝統のロンドン・タクシーが今、米国発の配車サービス「Uber(ウーバー)」との乗客争奪戦により危機に追い込まれているのだという。
ロンドンで暮らした者にとって、あのどっしりとした「ブラックキャブ」は街の景観と不可分のものとして蘇る。通り名と番地を告げればどこへでも運んでくれる熟練の運転手らは、ひと時のバトラーのように感じられたものだ。
グローバリゼーションの行きつく先とは、伝統であれ、文化であれ「守るべきもの」を一切許さない津波が襲ったような世界なのだろうか。
記事を読み、グローバリゼーションの犠牲者だと感じている人々が「主権国家の再生」に望みを託そうとするムーブメント、すなわちナショナリズム台頭の背景がより説得力を持って理解できた。
その文脈で、イギリスの欧州連合(EU)離脱「ブレグジット」とアメリカの「トランプ現象」を捉えるなら、グローバリゼーションの先頭に立つ「二つのアングロサクソン国家」でナショナリズムが共鳴していることは、やはり偶然ではないのである。

世界で最も厳しい試験
まずは、ニューヨーク・タイムズ紙国際版の長大かつ詳細なルポ記事(筆者はKatrin Bennhold氏)の概要を背景説明とともに紹介したい。
ロンドン・タクシーの資格認定は、1662年に始まる辻馬車の認可制度(ハックニーキャリッジ法)に由来するものだ。誇張はあるとしても、その資格を取るには「世界で最も厳しい」試験をパスしなければならない。
「Knowledge of London(ロンドンに関する知識)」と呼ばれる試験の内容はざっとこんな感じである。
ロンドン市内の約2万5000に上る通りと、約10万の名所・建物・施設などを全て覚えなければならない。筆記試験以上に難儀なのは、数段階に渡って行われる口頭試問であり、その中身がまた尋常ではない。
1対1で行われる試験では、面接官が挙げる始点と終点を結ぶ最短ルートを答えるだけでなく、そのルート上の全ての通り名や交差点、交通ルールなどを即座に答えなければならない。
試験をパスするには平均で4年を要し、受験者たちはこの間、座学だけでなく、バイクや自転車で市内を走り回ってロンドンの地理を頭に叩き込む。脱落率が7割という狭き門だ。
なんともイギリスらしい厳格さである。もちろん、その一方で、こうした厳しい試験をパスしたロンドン・タクシーの運転手に対し、市民たちが敬意を払ってきたことは言うまでもないだろう。