「学問の自由を侵しかねない」
安全保障技術研究推進制度には「問題が多い」と学術会議が判断したのは、なぜか。
憲法23条で保障された「学問の自由」が侵される可能性が高い、というのが理由である。より具体的には「研究の自主性・自律性、研究成果の公開性」が制約される畏れが大きいと言う。
学術の研究は、政治権力などによって制約されたり政府に動員されたりすることなく、研究者の創意にもとづいて自由に行なうことができるべきである。そうであってこそ学術は発展する。だから「研究の自主性・自律性」が担保されねばならない。
ところが今回の推進制度では、研究テーマが防衛装備庁により予め決められている。しかも研究助成の予算規模が、初年度は3億円だったのに翌年度は6億円、そして今年度には110億円と急増した。
その一方で、大学の研究者が自由に使える大学の研究予算はみるみる減少している。この傾向が続けば、研究資金をエサに軍事研究に動員されることになりかねない、というのである。
また学術の発展には、研究成果を自由に発表することができ、他国の研究者とも自由に交流できる環境が欠かせない。
ところが防衛装備庁が提供する研究資金は「防衛用途への応用という出口を目指して」運用される。そうである以上、いくら基礎研究だとはいっても、自由な発表・交流に対し安全保障(軍事機密)の観点から制約を課される畏れが強い。学術会議はこう判断した。
こうした危惧の背景には、「自由でオープンな研究の場」という大学の理念が「安全保障の観点からの規制」と衝突することが増えている、という現実がある。
「学問の自由」は安全保障を支えるが…
「軍事研究が当たり前」と言われるアメリカでも、大学内でやたらと軍事研究が行なわれているわけではない。
たとえばシカゴ大学では、「完全な研究の自由と無条件での情報公開」の原則に沿わない研究資金の受け入れを認めず、研究設備の使用も認めない、との明確な方針を定めている。
その一方で、大学関係者が、近くにあるアルゴンヌ国立研究所(エネルギー省)で機密研究に従事することは認めている。
大学と研究所との間にシャトルバスが運行されるほど密接な協力関係にあるのだが、このように棲み分けを徹底することにより、大学を「自由でオープンな研究の場」にしようと努めているのだ。
アカデミズムのこうした姿勢は、米軍の「オフセット戦略」を支えるものでもある。ソ連など敵国の軍の量的優位を、米軍の質的優位(技術力を駆使したハイテク兵器)で相殺(offset)するという戦略で、1950年代のアイゼンハワー大統領の頃から一貫して採用してきた。
1970年代末から進められた、コンピュータのネットワーク化や、全地球測位システム(GPS)を利用した精密攻撃能力、ステルス(レーダーに捕捉されにくくする)技術の開発などもその一例である。これらの軍事技術は1991年の湾岸戦争で威力を存分に発揮し、オフセット戦略の有効性が示された。
このオフセット戦略をこれからも成功させるには、科学技術の研究で世界の先頭を走りつづけなければならない。そのためには、自由でオープンな研究環境が欠かせない。
大学であれば、世界に広く門戸を開放して海外から優秀な研究者や学生を集め、自由な研究交流にも機会も提供する。こうしてこそ、先端的な科学技術の研究成果が米国で生まれ、国の競争力も高まる。
国の安全保障や繁栄は、秘密でガードを固めるのでなく、科学技術の自由なコミュニケーションを維持することで実現するのが望ましい――米国のアカデミズムは、こう考える。