金井:私自身は神経科学の研究者として、意識が脳からどのように生まれてくるのかを研究してきました。意識と相関する脳活動というのは確かにたくさん見つかってくるのですが、メカニズムとしての理解にはまだたどり着いていないのが現状です。
そこで私自身も意識の問題に、「どうやったら作ることができるのか?」という観点からの研究に今はシフトしています。このモチベーションはすごく理解できます。
リプソン教授:意識についてのよくある誤解は、それが「ある」か「ない」か、常に白黒はっきりしているというものです。自己意識(セルフアウェアネス)についてもそう。イエスかノーかの二者択一で考えるだけでは、進展は望めません。
金井:つまり、意識は段階的なものだと考えようということでしょうか。
リプソン教授:はい、連続的なものだと思います。アメーバのように全く自己意識を持たないようなものから、完全に自己意識を持った人間まで、意識にも幅があります。そもそも、世界に存在するすべてのものの中で、人間が最上級の自己意識を持っているとはかぎりません。さらにそれ以上の意識もありえるでしょう。
だから、何かロボットなどに意識があるのかと質問するのは間違っていて、人間レベルの自己意識があるのかなどともっと適確な質問をすべきです。そう聞かれれば、「まだ人間レベルの意識には達していない」と答えることができます。そのレベルにはまだ現代の技術は到達していません。

自己意識とはなにか?
金井:リプソン教授のロボットでは、自分の身体の構造のモデルを持っています。それは、すでに自己意識と呼べるものなのでしょうか。あるいは、このような身体といった具体的なものではなく、もっと抽象的な概念としての自己意識のようなものも作れるのでしょうか。
リプソン教授:まさにその通りです。それは間違いありません。自己意識(Self-Awareness)と意識(Consciousness)をここでは同じ意味だと捉えていますが、その自己意識のプラクティカルな定義上は、それがすでにロボットにあるといえるのではないでしょうか。
私の研究室で使っている意識のプラクティカルな定義は、「自分のシミュレーションをする能力を持っていること」です。
これは、「メンタルタイムトラベル」と呼ばれる哲学的な概念に相当するもので、システム自身がこれまでに経験したことのない新しい状況にいることを想像する能力です。あるいは、過去の経験を、今まさに追体験するようなことです。
金井:これは驚きです。
リプソン教授:自己意識とは基本的にこういうことです。そして、現在を離れて、どこまで未来や過去に頭の中で旅をすることができるかが、どのレベルの自己意識を持っているかの度合いに対応します。
メンタルタイムトラベルには、自分自身についてのシミュレーションができなければいけません。これが、プラクティカルな工学的な意味での自己意識です。
自分自身のシミュレーションをする能力を持つことで、未来の計画を立て、シミュレーションを使って過去の経験から学習する。意識を持つことで、そういったことができるようになるのです。