多発するひき逃げ事故。犯人が逮捕されても「人と思わなかった」「ゴミだと思った」という供述で不起訴や無罪になるケースが相次いでいる。遺族たちは訴える。「衝撃を感じたら、まずは止まって確認するのがドライバーの義務だ!」
タクシーがひき逃げの瞬間を捉えていた
まずはこの映像を見ていただきたい。タクシーのドライブレコーダーに記録されていた、ひき逃げ死亡事故の瞬間だ。(ショッキングな映像ですので、閲覧には注意をしてください)
「うわー!」
<後続のタクシーに装備されていたドライブレコーダーの映像。踏切を一時停止せず速度を上げていく前車が、その後人をはね、そのまま逃走するシーンが収録されている(遺族提供)>
突然、目の前で跳ね上がった何かに驚き、大声を上げながら急ハンドルを切るタクシー運転手(24秒ごろ)。
道路の中央付近には、仰向けになって倒れている男性の姿が……。
「うそ、うそ……」(乗客の声)

「私はひいてませんよ……」
運転手の声も上ずっている。
そこへ一人の男性が息を切らしながら駆け寄ってくる。
「(連れの男性が)ひかれたんです!前の車のナンバーを調べて!」
それを聞いたタクシーの運転手は、走り去る前車を追尾、「3959、……」とナンバーの文字を必死で読み上げる――。
この動画では音声が不鮮明な箇所もあるが、オリジナルの映像には、こんな緊迫の数分間が鮮明に記録されている。

事故は今から5年前、2012年7月27日0時30分頃、名古屋市南区の見通しの良い直線道路で起こった。
この日、事故現場に面した中華料理店で飲食をしていた鈴木登喜夫さん(69)は、酒に酔っていたせいか、歩道の縁石につまずいて車道側に転倒。自分で起き上がろうとしたその瞬間、シルバーの乗用車が登喜夫さんの体に乗り上げた。
しかし、車は停止せずそのまま逃走。登喜夫さんと一緒にいたA氏(30)は必死で追いかけたが間に合わず、鈴木さんは運ばれた病院で間もなく死亡が確認された。
帰宅後、妻に「何かひいたようだ」と告げ、事故から約1時間半後、再び現場へ戻った加害者の西部祐被告(当時36)は、実況見分を行っていた警察によって任意同行を求められ、車の損傷も確認。自分の車がこの場所で人をひいたことを認め、逮捕されたのだった。
この事故で死亡した鈴木登喜夫さんの長男・鈴木徳仁さん(48)は振り返る。
「事故後、警察からは、加害者は事故発生時、時速40キロの法定速度で走行していたという説明を受けました。また、見せてはもらえなかったのですが、加害車のすぐ後ろを走っていたタクシーのドライブレコーダーに、事故の瞬間が映っていたということも聞きました。
そこで私たちは、本当に時速40キロだったのか、また父はどのように亡くなったのかをこの目で確認すべく、名古屋市内のすべてのタクシー会社に急いで問い合わせ、ついにその瞬間映像を見ることができたのです」(鈴木さん)
事故からすでに1週間が過ぎていたが、幸いにもタクシー会社にはそのときの映像が残っていた。
冒頭の動画は、そのときタクシー会社で再生したドライブレコーダーの映像を鈴木さんが自身のビデオで接写したものだ。
「ようやく見つけた映像には、父が跳ね飛ばされる瞬間と、事故後、停止することなく速度を上げて逃走するシルバーの車、そしてその車を必死で追いかける、黒い服を着たAさんの姿がはっきりと映っていたのです。辛い映像でしたが、これを見る限り、加害車は時速40キロをはるかに超えていることは明らかでした」
ところがこの事件、その後、思わぬかたちで処理が進んでいく。
加害者は「自動車運転過失致死罪」で略式起訴され、罰金30万円の略式命令を受けたが、「ひいたのは袋に入ったゴミか石だと思った」と供述したため、ひき逃げ(道路交通法違反)については不起訴処分となったのだ。