宇宙飛行士に学ぶ「人生を変える方法」〜理屈を抜くことが重要になる
AI時代に「自分の軸」を養うには
NAOKO YAMAZAKI
山崎 直子
2017.12.06 Wed

宇宙を知って気づいた、日常の新しい見え方
日本人女性2人目の宇宙飛行士である山崎直子さん。現在は、内閣府宇宙政策委員会の委員をはじめ、教育機関での後進育成のアドバイザーなどを務め、あらゆる人々に宇宙との接点をつくっている。
人類が自由に宇宙を旅するようになるまで、あと何年かかるだろう。あなたが生きている間にそれが成し遂げられるかは、まだわからない。だからこそ、「宇宙へ行った人」の体験談は、僕らにとって貴重な学びの機会に成り得る。
インタビュー後編では、これからの僕らの生き方について、その知見を借りた。無重力を体感し、宇宙を捉えたその目には何が見えているのか。ちいさな言葉の一つひとつにも、覚えたことのない深みがあった。
(取材&文・長谷川賢人/写真・岩本良介)
いかにコンフォータブルゾーンを出られるか
──不躾ですが、山崎さんが他のインタビューでお答えになっていて、引っかかっていることがひとつあるんです。
なんでしょう?
──「宇宙へ行ってもそれほど人生観は変わらなかった」と。僕らは「インドで人生観が変わりました」みたいなエピソードを耳にしますが、どこかへ行くことで人生観が変わる最も強烈な体験は宇宙だろうと信じていたから衝撃で……。
すみません、それは言葉足らずだったかもしれません(笑)。
宇宙へ行く前にいろんな人の話を聞いたり、映像を見たりしていて、ある程度のイメージがついていたのも大きいでしょうね。もちろんインドで衝撃を受ける方と同じように、宇宙の体験は私にとっても強烈でしたよ。
──どんなことが強烈でしたか。
映像と実際で大きく違ったのは地球の見え方です。「映像で見る地球」は、だいたい足元に広がっているイメージがありますよね? でも、スペースシャトルから地球はまず「真上」に見えました。
スペースシャトルが地球から打ち上がり、地球周回軌道に入ると、「後方宙返り」みたいにお腹が上に来て、天井が下の地球側にきます。スペースシャトルは前面と天井に窓がありますから、その窓から見ると、地球を仰ぎ見るような姿勢になるんです。
その地球は青く、きれいに輝いていた。地球は私たちにとってのオアシスなんだと強く感じました。それまでは、宇宙は仰ぎ見る存在だと思っていましたが、宇宙に来ると、地球の方が仰ぎ見る対象になり、逆転します。
──宇宙だからこその感動ですね。この質問をした理由は「宇宙へ行かずとも人生観を変えるにはどうしたらいいのか」を聞いてみたかったからなんです。
「人生観が変わる」という言葉が、ちょっと難しいかもしれないですね。それを「世界の見え方が変わる」とするならば、当たり前のことが新しい景色に見えるような体験をいかにできるか、ではないでしょうか。
そのためには自分が心地よいと思える範囲、いわゆる「コンフォータブルゾーン」を出ないといけません。今いるところは慣れてくるほど楽になりますし、自分の世界もなんとなくできてくる。でも、そこをあえて出るのが大切なんです。
むしろ出ていくことで、自分にとってのコンフォータブルゾーンは広がっていく。そうやって少しずつ自分の世界を広げていく。そこから見つめ直すことで、新しい発見もできるのではないでしょうか。
宇宙はコンフォータブルゾーンを広げる手段のひとつには確実になるとは思います。ただ、それが宇宙に行かなければわからないかというと、決してそんなことはない。日常生活の中でもたくさん気付きはあるはずですから。

──山崎さんは宇宙から帰還して、世界の見え方は変わりましたか。
ええ。宇宙から見る地球はとてもきれいです。けれども、宇宙から地球へ戻ってきたときのほうが感動したんです。自分の頭や体、それこそ紙きれ1枚でも重く感じて、普段はこんなふうに重力に襲われていたんだとびっくりしました。
宇宙船から一歩外へ出たときに風が吹いてきて、緑や草の香りに包まれたときは「なんてありがたいんだろう」と嬉しくなりました。どれもスペースシャトルの中には無いものばかりです。
そのとき、日常の変哲もない景色こそが、もっとも美しいなと感じたんですね。
──宇宙を知ることで、地球の美しさを再認識できたと。
たとえるならば、地球そのものが宇宙船のように思えてくるんです。
地球は恵まれているとはいえ空気の層も薄く、水を1カ所に集めると本当にわずかな量にしかなりません。これからは空気や水といった資源がもっと貴重になってくるはずです。そうすると、地球は生かされるための環境が備わっている宇宙船と一緒なんですよね。
ただ、「宇宙船地球号」というようなフレーズは以前から言われていましたし、地球を大事にしなければと理屈ではわかっていたつもりです。でも、宇宙から地球を見ると、それらが理屈ではなくて「すとーん」と体に入ってきた感覚がありました。
だから、決して考えていることが変わるわけじゃないんです。それまで頭だけで思っていたことが、「すとーん」と自分のものになる。
──理屈抜きで、いかに自分事としての感覚を得られるか、ですね。
その重要度は増していくはずです。今後、人工知能(AI)も発展して、バーチャルの時代へ向かうのは間違いありません。
「知識や情報処理ならコンピューターのほうが強い」という世界で、何が判断基準になり、自分の軸を持つことにつながるかといえば、自分の強い体験であるとか、自分自身が感動することをいかに持てるかだと思います。その軸は、知識や情報では形作れないはずですから。

日本は「理系」と「文系」を仕分けするのが早すぎる
──山崎さんは日本人女性としては2人目の宇宙飛行士です。男女比でいえば男性が多いわけですが、なぜ女性の宇宙飛行士は増えていかないとお考えですか。
世界的にも宇宙飛行士の男女比は男性9割、女性1割ですね。日本の宇宙飛行士候補者の応募を見ても同じくらいの割合です。能力というより、そもそも応募数が少ないんです。もっと多くの人が、まず興味を持ってほしいなと思います。
宇宙飛行士はたしかに「理系である」という条件が付いていますから、そこでまず絞られてしまう面があるのでしょう。いずれは理系だけでなく、文系の人にも門戸が広がってほしいとは願っています。
おそらく日本は「理系」と「文系」を早期に分けすぎるような気がします。進路も高校生の早い段階で決めなければいけず、なかなか修正もきかない。もっと理系と文系の間で融通がきいて、行き来できるようになるといいのではないでしょうか。
今後は「人生100年時代」とも言われていますが、仕事もひとつにしぼらず複数の職業で生きる人も増えてくる。理系でも政策論には文系的な観点が必要ですし、文系でも経済などは数学を多用するわけですから、もっと進路が柔軟になればいいと感じます。
──女性が、男性優位と思われている環境で仕事をしていく、あるいは自分のプレゼンスを発揮することに関していうと、山崎さんが意識的に実践されていることはありますか。
エンジニアでいたり、宇宙飛行士でいたりしたときの間は、ほとんど意識しなかったんです。区別なくできる従事できる世界ですからね。
ただ、そうやって思えるようになったのは、振り返ってみるとアメリカ留学をした経験が大きかったのでしょう。
私は、ロータリー国際親善奨学金と共に、航空や宇宙の分野を目指す女性を応援する「アメリア・イアハート奨学金」を受けて留学していました。アメリア・イアハートさんはアメリカのパイロットで、女性として初めて大西洋を単独横断飛行したことでも有名な方です。
留学中に、アメリア・イアハートさんも携わった、女性の地位向上を掲げる「ゾンタクラブ」という団体の会合に参加させてもらったんです。
多くの刺激をもらいましたが、印象的だったのは70歳を超えた現役パイロットのおばあちゃまで、「ヘリコプターを操縦するのってすごく楽しいのよ!」なんて満面の笑みで話してくれるんですよ。あぁ、世界は広いんだということを思い知らされました。

──先ほど、コンフォータブルゾーンの話も挙がりましたが、人との出会いが自分の可能性を広げてくれることもあるのでしょうね。
私はそうでした。そのおばあちゃまに刺激を受けて、宇宙飛行士の試験に挑戦するのを後押ししていただいたような気がします。
同じように日本の女性たちもネットワークを広げることで、いろんな人に触れて刺激を受けるのがいいのではないかと思っていて。
今、理系の女性を増やそうという動きもある中で、航空宇宙の女性ネットワークを日本でもつくろうとなり、2015年からの取り組みとして、日本ロケット協会に「宙女(そらじょ)」ネットワークをつくり、その委員長を務めています。
──現在、山崎さんはフリーランスの立場で、情報発信や宇宙に関する教育に携わり、宇宙に興味を持つ人を増やそうとされています。宇宙の仕事に就く女性が少ないという点で、発信する側としてもハードルを感じる場面はあるでしょうか?
20年以上前、私が大学生だった頃から、特に理系でも工学部をはじめとしたエンジニアリング部門の女性比は1割から変わっていません。どうしてもステレオタイプというか、根強いイメージがあるのだろうなと。
そういったイメージが親世代にもあると、子供にも伝わってしまう。現役の学生に話を聞いてみると、親や身近な先輩の意見を進路の参考にすることが強いようです。だからこそ、進路を決める当人だけでなく、その二者に関しても働きかけが大切です。
まずは親世代から馴染みを持ってもらうべく、科学館を基点としたコミュニケーションには私も力を入れています。
あとは、もっと身近な現役世代の人たちが情報発信をしてほしい。そうすることでネットワークが、きっと密になっていきますから。私は情報発信してくれる人たちが集まれる場を作るなどして、応援する活動もできればと思っています。
(おわり)
