グリベンコと食事をするようになった。食事が終わるとグリベンコは、「次はここで」と店のパンフレットを渡しながら、次に会う日時を指定した。
付き合い方に微妙な変化が現れた。グリベンコが手土産を持ってくるようになったのだ。最初はハンカチセットをもらった。バーバリーの3枚セットのものだった。
何度か会った時、グリベンコは小さなカードのようなものを差し出しながらこういった。
「これ、余ってるのでどうぞ。プレゼントします」
高速道路のハイウェイカードだった。1万円分のものだ。
「頂いておきます」
こういって、鞄にしまった。
「袋にも入っていない、裸のままのカードでした。私は車には乗らないし、もらってもしょうがないと思っていましたので、ありがとう、とは言わなかった。相手が気分を害しても悪いと思ったから受け取っただけなのです。
とくに抵抗はなかったです。私自身も仕事で意見交換した相手をご馳走したり、お土産を渡したりすることがありましたので。当然の成り行きかな、と思ったのです」(水谷氏)
次の食事で、グリべンコは何も持ってこなかった。
「今回はカードを持ってくることができませんでした。私の努力が足りませんでした。もう少し頑張れば、カードを持って来ることができます」
恩着せがましい言葉だった。
水谷が嬉しそうな顔をしなかったからだろう。プレゼントが変化した。
食事後、グリベンコからデパートの紙袋を渡された。家に帰って開けてみると、紅茶のティーバッグのセットだった。
つまらない物をくれるものだな。こう思いながら箱を開け、中身を全部出した。箱の底に何かがあった。
デパートの商品券。1000円の10枚綴り。1万円分だった。
「私はもらったハイウエイカードを、すべて友人にあげていました。商品券も使う予定がないので、親戚にあげてしまいました。
商品券をもらったのは、2~3回ほどでしょうか。しばらくすると、商品券は現金に変わったのです」(水谷氏)
その日、グリベンコが指定したのは、天王洲アイルの和食店だった。食事が終わると、グリベンコがいつものように紙包みを渡してきた。
「プレゼントです」
いつも通り受け取って、帰宅してから箱を取り出した。箱の下にあった封筒の中身を見て驚愕した。
「封筒の中身は現金、ジャスト5万円が入っていました。この金額はちょっと大きすぎるぞと思いました。
なんの目的もないのにお金をつかませるなんて、これをどう解釈していいのか、どうしていいのかわからなかったのです。
これは何かフィードバックを求めているなとすぐに感じました。それでも、いざ『お前からは有益な話が聞けなかった』と言われた時には、全額突き返してやろう、そうすればいいのだ、と思ってしまいました」(水谷氏)
やがてその金額は10万円につり上がった。一線を超えてしまった水谷は、もはや後戻りできない状況に追い込まれていた。
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