いじめられっ子たちが上村君を殺すまで【川崎中1殺人事件の真相】

なぜ普段は目立たなかった彼らが…
石井 光太 プロフィール

のび太みたいな奴

少年B(事件当時17歳)もまた日本人の父親とフィリピン人ホステスの母親との間に生まれた。

家庭環境は、Aより複雑だったようだ。父親はBが生まれて間もなく家から出ていった。別の男性と結婚して妹を産むも、すぐに離婚。2人の子供を抱えるシングルマザーとなった。

一時期、母親はフィリピンに帰るが、Bが小学校に上がる直前に日本にもどってくる。そして夜の商売をしながらBと妹を育てるのだ。

だが、母親は家にはほとんど帰らず、育児放棄に近い状態だった。そのため、小学生のBが妹の保育園の迎えをしたり、夜明けまで家を守ったりしなければならなかった。

母親が抱えていたもう一つの問題は日本語の能力だった。日本語をほとんどしゃべることができず、感情的になるとタガログ語で怒鳴り散らし、子供たちを殴りつけた。Bはタガログ語がわからなかったため、なぜ怒られているのかさえ理解できず、暴力を受けるしかなかったという。

そんな環境もあったのだろう。Bはコミュニケーションを取って人と真っ当な関係を築くのが苦手だった。また、汚らしい格好をしていることや、ハーフであることなどを理由に、学校ではいじめにあっていた。

中学になり、母親が新しい彼氏と家で同棲をはじめたことで、Bは家族から距離を置くようになる。つるんだのは、学校の不良グループだった。しかし、彼はいいように使われる「パシリ」だったという。

友人は語る。

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「Bはのび太みたいなやつだよ。いつも不良にいじめられてた。存在感が驚くほどなかったね。同じ中学だったのに、たまたまSNSで知り合うまで存在すら気付かなかったから。

あいつは不良グループに連れ回されて、パシリや万引き、それにカンパをやらされていた。カンパっていうのは、不良のための金集めだよ。物盗んだりしてかき集めてたんじゃないかな」

母親は、そんなBと向き合おうとしなかったようだ。学校からBの素行を注意されたところ、母親はBを二度にわたってアメリカの親戚宅やフィリピンの実家に何カ月も置き去りにした。面倒をかける子供を自分から遠ざけて済ませようとしていたのだろうか。

Bからすれば海外にいる間はろくに会話すらできなかっただろうし、日本にもどってきても友人関係を築くことはできない。再び不良たちのところに舞いもどり、いいように使いパシリにされた。

 

中学卒業後、彼は通信制高校に進んだ。当時、母親は同棲相手と別れ、また別の男性との交際を始め、近所のマンションに引っ越した。だが、母親はBに家の合鍵すら持たせていなかった。Bはポストから携帯電話のコードをつかって鍵を開けて出入りしていたという。

そんな憤懣もあったのだろう。やがてBは非行が目立つようになる。気が弱く、腕力もなかったことから、暴力ではなく、もっぱら万引きばかりしていたそうだ。

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