音読みにしてみると
将棋は日本人の誰もが、子供のころから親しんできたボードゲームのひとつだ。だが昔から「駒に書いてある文字が読めない」と疑問に思いながら遊んでいた人も多いのではないだろうか。
「金将」や「飛車」は、発売されているほとんどの駒で一目見ればわかる。
「歩兵」は「歩」の字が変化しているものもあるが、基本的には読める。では「歩兵」が成ると現れる「と」は?「と金」と呼ばれることもあり、どう頑張ってもひらがなの「と」にしか見えない。
だが、この「と」のように見えるもの、実はれっきとした漢字で、草書体で書かれた「今」の崩し字だというから驚きだ。
なぜ「歩兵」の裏に「今」と書いてあるのかというと「今」はむかし「金」の代わりに使われていた漢字であることに由来する。「今」は音読みすれば「こん」、「金」とは同音異字に当たる。
中世の文献を読むと、「今」はよく「金」に代替される漢字として使われていたことがわかる。たとえば、世阿弥の時代から続く有名な能楽流派に金春流がある。この宗家では当主が「金春大夫」を名乗る習わしがあるが、中世の文献を読むと「今春大夫」と記されていることがあるのだ。
そもそも、いま市販されている駒でも、読める文字と読めない文字があるのはなぜなのだろうか。それは、中国から日本に将棋が伝来し、ルールや駒数が変化していくなかで、駒の動かし方だけでなく字体も引き継がれたり、またそうでなかったりを続けてきたからだ。
'73年に福井県の一乗谷朝倉氏遺跡から出土したのは、16世紀後半に使われていた将棋の駒174枚である。これらの駒は五角形の薄い檜作りで、楷書と草書の両方が使われて名前が書かれていた。これが現在市販されているもののルーツのひとつになっているために、一発で読める文字とそうでない文字が存在するというわけだ。
ちなみにひらがなの「と」はもともと「止」の崩し字である。成ったら「止」まってしまうような歩兵ははっきり言って役立たずだ。(嶋)
『週刊現代』2017年12月23日号より