北朝鮮人は安くて真面目
さらに言うと、ロシア国民にとって、北朝鮮人は、生活に根付いた馴染みのある人たちだ。
「ロシアには、極東中心に20万人の北朝鮮労働者がいます。ウラジオストクやハバロフスクに住み着いた人たちには、建築系の仕事をしている人が多い。彼らは住み込みで工事を担い、ロシア人が食事を提供しようとしても固辞し貧しい食事を取っている。質素な暮らしをしていながら、仕事は真面目。ロシア人はこと北朝鮮の労働者には、同情を抱き、親近感を持っている人が多いのです」(中村教授)
北朝鮮の労働者は、極東だけでなく、モスクワなど中心都市にも5万人いると言われている。今年夏に控えているロシアワールド杯の会場設営にも、北朝鮮労働者は欠かせない存在だ。

日本人にも、ロシアの北朝鮮労働者はとある縁がある。日本代表もセネガル代表と戦う予定のエカテリンブルクアリーナ。「怖すぎるスタジアム」として、日本でもニュースになったので、ご存知の方もいるかも知れない。
このエカテリンブルクアリーナの拡張席の工事に関わったのが、北朝鮮労働者なのだ。ロシアでの工事の最大の難関は、「作業員の寝床の確保」。極寒のロシアでは、宿舎を建てるにも設備を含め多大なコストがかかる。対して、北朝鮮の労働者と言えば、どんなひどい環境でも、工事現場でどうにかこうにか寝泊まりしてしまう。中村教授が言う。
「北朝鮮の労働者は、ロシアではもっとも優れた外国人労働者、と評価されているのです。つまり、真面目で規律が取れており、文句も言わない。そして、なんと言っても賃金が安い。ロシア人からすれば、中国などのアジア系の中でも、最も親しみがあるのです」
ただ一つ、難点がある。まともな教育を受けられないせいで、技能が低いのだ。
「だからこそ、ロシア人は『あんな独裁者のせいでかわいそう』という気持ちを持っている。ただ、賃金を上げるかというと、ロシアの経済事情はそこまで良いものではないのです」(中村教授)
ロシアで、北朝鮮への関心があらゆる意味で高まってるからこそ、今回の北朝鮮展が開かれたというわけだ。展示の内容からは「アメリカへの敵愾心」「朝鮮統一への意識」が見える。
もちろん、プーチン大統領が就任以来、北朝鮮との関係を深めてきたことも、現在の北朝鮮への親和的な態度に関わっている。北朝鮮展の前の展示は、「スーパープーチン」展だった。プーチン大統領をテーマにしたアート作品が飾られ、日本でも一部の媒体が報じていた。為政者に「スーパー」をつける感覚は日本人にはピンとこない。何かしら皮肉めいたものも感じられる。
「プーチンの人気は本物。ただ、暗い時代を経験したロシアでは、99%の明るさに、1%の陰を潜ませるもの」(中村教授)

3月に大統領選挙を控えたロシアでは、下馬評が以下のように囁かれている。
「ポスト・プーチンはプーチンではない。スーパープーチンだ」
前回、2012年の大統領選挙。ポスト・プーチンは、圧倒的な支持を誇るプーチンだった。今回は、次の大統領は権力、人気をますます盤石にした「スーパープーチン」と言われるのだという。
そして、スーパープーチンが大統領に就任した暁に、取り掛かることとはなにか。中村教授は「北朝鮮をとることではないか」と分析する。つまり、朝鮮半島に激動が起き、体制が変化することは必至。その時まで、どのようにかの国を扱うのか、そしてその時にどのようにロシアが振る舞うのか。スーパープーチン大統領は着実に手を打ってくる、とのことだ。
実際に、ロシアでは北朝鮮を支配下にした後の金正恩委員長の処遇について、リアルに議論が交わされているという。
「金ファミリーを北極海に浮かぶスヴァールバル諸島に脱走させる」
「金正恩をロシアに迎え入れ『北朝鮮担当大臣』に据える」
「北朝鮮の核は、核を処理できる国が引き受けなければいけない。中国にはもはやその気はなく、アメリカには不可能だ。つまり、ロシアが買って出るしかない」
中村教授によると、このような話が高官らの間でも交わされており、どれも絵空事ではなく、ロシアにとって「近い将来」のシミュレーションなのだ。
「2500万北朝鮮人民というマーケット、労働者や資源をその手にしようという戦略を描いている――ロシアの親北朝鮮ムードにはそんな思惑が見え隠れします」(中村教授)
ジューコフ氏は、美術館の出口で、東洋風の青年に声をかけ、感想を求めた。
「北朝鮮に行ってみたくなりました。怖いとは思いませんね」