シングルモルトには一度も裏切られたことがありません
タリスカー・ゴールデンアワー第11回(後編)提供:MHD
⇒前編【ラガヴーリン25年、タリスカー25年の味は衝撃的でした】
(構成:島地勝彦、撮影:立木義浩)
シマジ: しかしボブは本当に変わってますよね。アメリカ人なのに、こんなにスコットランドと日本を愛しているなんて、稀有な人物だとわたしは常々思っていますよ。だって祖国のバーボンを捨てて、スコットランドのモルトウイスキーにこんなに淫しているんですから。
ボブ: そこまでではないと、言いたいところなんですが、近いところまで行っているかもしれません(笑)。
一同: アッハッハ

ボブ: それもスコットランドを愛しつつ、タリスカーだけじゃなく、ほかのスコッチモルトもたくさん愛しつつですからね。やっぱり私は浮気性なんですかね。うちの奥さんには「浮気だけはしません」と宣言していますけど。
シマジ: ボブは男のわたしからみても、尊敬出来るくらいの家庭人だよね。
ところで、わたしもむかしは結構ワインを飲みましたが、がっかりすることがたまにありました。でも、シングルモルトは、値段なりの香りや味がして、裏切られたことは1度もありません。
根本: たしかにわたしも1回も裏切られたことがありません。
ボブ: ウイスキーの語源は「命の水」ですから、やっぱり生命力があるんでしょうね。
シマジ: シャンパンもワインもワイナリーから直に買うのと、人から人へ渡り歩いたものを買うのとでは、歴然とした差があります。
根本: ですからワイン好きの人は1ダースとか半ダースで買うんですよね。そのなかでも当たり外れがあるといいます。
ヒノ: 根本さんはいまは引退されて悠々自適なご身分だとお聞きしました。現役時代はどんなお仕事をされていたんですか?

根本: ワイシャツ屋さんで働いていました。既製服もオーダーも両方やっているメーカーで、ずっと総務や経理の仕事をしていました。
ヒノ: ではウイスキーはまったくの趣味なんですね。
シマジ: 趣味が高じてここまでの鼻と舌が出来上がったのですか。
根本: いえいえ、そんな。たいしたことはありません。ただ呑兵衛なだけです。そう言えば、ボブさん、ブローラとポートエレンが復活するという話じゃないですか。
ボブ: そうなんです。本格的に稼働を開始するまで時間がかかるとは思いますが。
根本: でも来年はクライヌリッシュの200周年でしょう?
ボブ: さすが根本さん、よく御存じで。
根本: 去年、クライヌリッシュの蒸留所に行ったとき、“200周年用”と書いてある樽をいくつかみましたよ。
シマジ: へえー! それって、売る気満々ってことなのか?
ボブ: それはちょっと…。「みえるところにそんな樽を置いていちゃダメ」って蒸留所に言わないといけませんね。
根本: たしかブローラにも200周年用の樽がありましたよ。
シマジ: ボブ、さっきから歯切れがわるいところをみると、もしやアレなのか?
ボブ: まあ、その、なんとも…。ええ、そうです、企業秘密です。

シマジ: 根本さんがちゃんと現地に行ってこの目でみているんですよ。ボブ、この際、思い切って白状しちゃったほうが楽になるよ。
ボブ: いま、かなり痛いところに当たっているんですが、やっぱり企業秘密は企業秘密です。
立木: シマジ、武士の情けだ。これ以上責めないほうがお前の身のためだよ。ボブがへそを曲げたら、美味しい酒にありつけなくなるぞ。
ヒノ: シマジさん、そうですよ。来年の200周年ボトルより、今日のハイライト、ブラインドテイスティングのほうが大事です。
シマジ: そうだな。わかった。ボブの企業秘密に甘んじましょう。じゃあ、ボブ、ブラインドテイスティング用のボトルを用意してくれますか。
ボブ: 畏まりました。さっそく用意いたします。
立木: シマジはまだ若いね。惻隠の情というのを知らないんだな。
シマジ: 巨匠、わかりました。秘密は秘密のままにしておきます。