2018.03.02
# 子育て

「子供の笑い声が聞こえる」不思議なバーで見えた、ひとつの家族の形

場があれば、生まれるものがある
東京品川区大井町に2017年3月、不思議なBARがオープンした。店名は「子供と、BAR」(http://www.kodomo-to.jp/)。
コンセプトは、世界で唯一の子連れで行けるバー。子どもが楽しく過ごせるよう、店内の証明は明るく、インテリアはド派手でまるで子供部屋そのまま。壁に用意された黒板では子供たちが落書きを楽しみ、カウンターではお父さん、お母さんがグラスを傾けながら会話を楽しむ。なんとも不思議な空間がそこにある。
人によっては「モラルに反する」と感じるかもしれないバーは、どうして生まれ、何を目指しているのか。オーナーでマスターの鳥居賞也さんに伺った(取材・構成/平原悟)。

「なんと素晴らしいアイデアだ!」

私は東京品川区で「子供と、BAR 」という名前のバーを営んでいます。子供連れで入れるバー? そんなものが成り立つのか? そう思う方もいることでしょう。私も正直、不安でした。

でも、お陰様でまもなく開店1周年を迎えることができます。約6坪、カウンター6席の小さな店ですが、少しずつですが常連も増えています。週末など席に座れない子供が床に座って遊んでいることもあるほどです。

窮屈な思いをさせるのは申し訳ないけど、大声で騒いでいる子供の姿を見るにつけ、店を始めて正解だったと思っています。

[写真]「子供と、BAR」のカウンターに立つ鳥居氏(写真左)。店内は一見、大人のためのバーにも見えるが…(提供:鳥居賞也氏)「子供と、BAR」のカウンターに立つ鳥居氏(写真左)。店内は一見、大人のためのバーにも見えるが…(提供:鳥居賞也氏)

私は「赤龍馬ハウジング」(http://www.aka-ryoma.jp/)という不動産屋が本業で、実はお酒も飲めません。そんな私がバーを、しかも子供と入れる店をなぜ作ってしまったのか。そこには多くの偶然と必然がありました。

きっかけは、不動産に関連する新規事業を模索する中で偶然知った「コモンミール」でした。

日本でも現代のマンション暮らしなどでは、隣人の顔も名前も知らないという話をよく聞きます。北欧でも事情は同じようで、その解決策として生まれたのがこの仕組みです。たとえば、団地の中に小さな食堂を作り、住民が当番制で調理をして、皆で食事をすることによって、コミュニティを活性化しようというのです。

これなら共働きや子育て中のお母さんの家事の負担が軽くなるし、一人暮らしのお年寄りは寂しくなくなる。なんと素晴らしいアイデアだ、と感激した私は、事務所の近くで同じことを試してみようと考えました。

 

市場調査をはじめてみると、コモンミールではありませんが「こども食堂」なるものを始めた八百屋さんを会社の近くで発見。子供たちに混じってスーツ姿で食事をしていると、店主の近藤博子さんに声をかけられました。

コモンミールをやろうかと思っていると相談したところ、「貴方も『こども食堂』をやりなさいよ!」と激励されたのです。ノリの良い私はすぐにその気になって物件探しを始めものの、なかなか適当な物件がない。ようやく見つけたのが、大井町にある居抜きのバー。

そこでまた、新たなひらめきがありました。確保できたのがバーなのだから、そのまま生かしてはどうだ?

バーとは『場~』である

それまでの人生、バーに縁のなかった私は、暇を見つけてはバー巡りをすることに着手しました。近所のバーでは、すぐ近くに住んでいるのに、それまで出会えなかった人たちと、最近起きた火事の話や料理屋の評判で盛り上がり、バーの魅力にとりつかれてしまいました。

そして気づいたのです。「バーとは『場~』である」と。

そして、この「小さな空間」は、子育て中のお母さんや子育てに悩んでいる人たちにも役立つかも知れない、と。

お父さんはもちろん、お母さんでもお酒好きは大勢います。子供ができるまでは頻繁に飲みに出かけていたけど、今ではそれができなくなって、鬱状態になる人もいる。そういう人が子供をおいて自分だけが飲みに出かけるくらいなら、一緒に時間を過ごせるバーがある方が、むしろ健全だ。

「子育て」と「バー」という異質なものが組み合わさった瞬間でした。

実は、不動産の世界に入る前、私はフランスのマルセイユで10年間ほど絵を描いて暮らしていました。話がややこしいのでその経緯は省略しますが、フランスではベビーカーを押しているお母さんがいると、バスの乗り降りなどでも男性が手助けをするのが普通です。ところが日本では皆知らん顔。

私も子供が小さい頃、電車で子供を抱いて立っていても、誰一人席を譲ってくれませんでした。まぁ男だからなのでしょうが、そんな経験があって、子育て中のお父さん、お母さんのなにか役に立てることをしたいと思っていたので、その願いも同時にかなうと考えたのです。

場ができると、思いが集まる

こうして2017年3月に開店した「子供とBAR」も、早いものでまもなく1年。飲食業の洗礼を受け、私が腰痛で2ヵ月ほどダウンするという痛い経験もしましたが、1年を振り返るとうれしい思い出ばかりです。逆に、当初は思いもしなかったことも数多く経験しました。

開店直後から月に一度、安価で食事を提供する「子ども食堂」のイベントを実施しているのですが、店の外に私が立っていると近所のお爺さんが通りかかり「寄付をしたいのだが」と懐から取り出した1万円札を握らせてくれたこともあります。

[写真]子ども食堂の日に来店した子供たち(提供:鳥居賞也氏)子ども食堂の日に来店した子供たち(提供:鳥居賞也氏)

近所のおばちゃんが「お歳暮でいたただいたもので悪いけど、もらって」といって、豪華な缶詰のセットをくださったこともありました。

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