課題も多いが可能性も大きい
ここで、AI予測の現状について、改めて確認しておこう。現在のところ、AIがその力を発揮するのは、「発売後の需要予測」の部分だ。だが、大日本印刷では、これから「発売後」の予測精度をより高めると共に、「発売前」の部分にも力を入れ、より出版社とコミットメントを強めたい、と考えている。
「例えば、これまでは多くの場合、出版社側が紙の質やデザインを決め、刷り部数を決めていました。これからは、より現実的な予測の数字にもとづいて、製造側からも提案をしていきたいですね。具体的には、『この資材、インクや紙を使ってこの判型で作れば、同じラインを使うことで、コストカットが可能です』と、AIの数字を根拠に提案できるということです」

「このような提案をしても、これまでは出版社に『その判型のシリーズがあったかなぁ』と断られていましたが、これからは『いえ、そのシリーズを作ってください』とまで言える、それだけの説得性をもたらしてくれると考えています」
また、AIで細やかな予測ができるようになれば「誰がどこで買うのか」がよりはっきりとわかってくる。チェーン書店であれば、これまでは大規模店に10冊、小規模店に3冊という機械的な配本をしいた書籍が需要にあった箇所に展開され、発売後には大規模店から1冊小規模店に回す、といった流通管理もよりスムーズに行えるようになる。
例えば、多くの点数の在庫を持つ「大型書店」は倉庫としての役割を現在も持っているが、AI予測に依拠した細やかな他店への商品の移動を行うことで、「拠点」としての価値を高め、在庫の適切な処理も可能になるのだ。
ただし、AI予測そのものにはまだ改善の余地が多い。まだまだ、精度の高い予測にはより多くのデータが必要とされている。
例えば、大日本印刷グループの丸善ジュンク堂は書籍の種類によってPOSデータが一般的に反映できるかバラつきがある。一例をあげれば「丸善ジュンク堂は専門書やビジネス書には強い」一方で、「コミックについては他の書店のほう実績がある」。つまり、もしアニメショップやコミックを強みする大型店のPOSデータを集められれば、より確かな予測も可能になってくるだろう。
また、過去のプロモーション活動のデータ不足という問題もある。書籍が爆発的に売れるのには、たとえばTVや新聞書評で紹介された、というきっかけがある。しかし、多くの場合、出版社はその記録を残しておらず、AIは学習できないのだ。それゆえ、需要予測に齟齬が生まれる可能性もある。今後は、ネット上の情報を吸い上げるなど、より発展的な進化が期待される。
さらに、流通・在庫管理について難しいのは、他の商品と違って返品された在庫がまた市中にでる、というサイクルを書籍が持っていること。大日本印刷としては、「まだまだ課題は多いが、事業としても伸びしろが大きいということ」と、今後も積極的にAI予測によるコンサルティングを進めていく予定だ。
同社の取り組みが広まれば、読者にはきちんと本が届くようになり、より出版文化、書店が発展する一助になる。AIによる書籍の需給予測が、一筋の光明であることに間違いはない。