それは「タイムコーチ」と名付けられたスマホ用のアプリで、開発したのはオーストラリア・コモンウェルス銀行と、カナダに拠点を置くフィンテック企業のフィンAI(Finn.ai)。今年3月にシンガポールで行われたフィンテックのイベント「Money20/20 Asia」で発表されたばかりの取り組みだ。

Money20/20でタイムコーチを発表する、フィンAIのジェイク・タイラー(左)とオーストラリア・コモンウェルス銀行のジャスティン・オドネル(右)

実は彼らがターゲットとしているのは、高齢者ではなく若者層である。

「コーチ」という単語が含まれているのは、身体を鍛えるコーチをイメージしているためで、「あなた個人のための金融フィットネス・コーチ」というキャッチフレーズを掲げている。フィットネスのように金融に関する基礎知識、つまり金融リテラシーを鍛えましょうというわけだ。

南アフリカの人口は約5500万人だが、そこに15~24歳の若者が占める割合は約19パーセントと、非常に若者の多い国である(ちなみに日本の人口は約1億2800万人で、15~24歳の若者は全体の約9パーセント、いずれも2015年の値)。

しかしこの年齢の若者の中で、銀行口座を持っているのは約5割にすぎず、日ごろから金融サービスを利用している割合はさらに下がる。

働いて得た給料を銀行に預け、将来のために貯蓄したり、投資に回したりするという基本的な金融リテラシーを、これから多くの若者に身に着けてもらわなければならない状態だ。

それをサポートするのが「金融フィットネス・コーチ」であるタイムコーチというわけである。タイムコーチは一見すると、LINEのようなメッセージアプリで、さらに「マックス(MAX)」という人格まで与えられている。ユーザーはこのマックスに質問を投げかけることで、さまざまなサービスを受けることができる。

メッセージアプリのように見えるとはいえ、その裏に控えているのは高度なAIだ。対応可能な内容は「支店/ATMの場所を知りたい」といった単純なものから、「今月の入出金額を知りたい」や「クレジットスコアとは何か、どのように評価されるのかを知りたい」など踏み込んだものまで幅広い。

またAI・マックスとのやり取りは、会話のような形式で進めることができるため、ユーザーに身構えさせることなく、必要な金融リテラシーを自然に身に着けてもらうことができる。

メッセージアプリのようなタイムコーチの画面

ただ、「クレジットスコアはどのようなもので、なぜ重要か」のような知識をつけてもらうだけなら、教科書的な形式を取り、パンフレット等を用意することもできただろう。なぜ彼らは、「スマホを通じて提供される、会話可能なAI」という形で金融リテラシーを普及させようとしているのだろうか。

その理由を、オーストラリア・コモンウェルス銀行のデジタル・トランスフォーメーション担当エグゼクティブ・マネジャーのジャスティン・オドネルは、「金融知識を教育するという取り組みだけでは不十分なため」と説明する。

大量の知識を与えるだけでは、仮にそれを飲み込めたとしても、「自分は金融サービスを理解した」という気持ちにさせるだけで、それを行動に移せるかどうかは別問題だというのだ。

また南アフリカでは、多くの若者が大人のいない家庭で生活しており、信頼できる大人の行動を模範としながら、金融リテラシーを身に着けるということも期待できない。実際、クレジットスコアが低い人口が1000万人を超えており、融資やクレジットカードといったサービスを受ける上でトラブルが多発しているそうである。

そこでタイムコーチでは、ユーザーが必要な情報を、必要なタイミングで与え、次に何をすべきかをガイドすることを目標としている。マックスというAIが常にユーザーのそばに立ち、お金に関する行動をチェックして、必要があればアドバイスや警告をしてくれるというわけだ。

特にタイムコーチが最初に取り組む問題として設定されているのが、人々のクレジットスコアの改善である。

AI・マックスはユーザーのスコアを参照し、それが低ければなぜ低いのか、どうすれば改善するのかを、個人の状況に合わせて教えてくれるようになっている(どのようなアドバイスを与えるかについては、実際に南アフリカにおける過去の関連データをAIに与え、学習させているそうだ)。

こうして適切な返済を決められたタイミングで行い、資産を形成してくれる若者が増えることを目指しているわけだが、これは金融機関であるオーストラリア・コモンウェルス銀行側にとっても望ましい状況であることは間違いない。

また「カードが盗まれた」といった相談をするだけで、すぐにマックスが既存のカードの利用停止と、新しいカードの発行手続き、そして新しいカードを受け取れる近くの支店の案内まですることを想定しているそうである。

この辺りは本人確認をどう行うのかがカギになりそうだが、確かにこれであれば、頼もしいコーチとしてユーザーが信頼を寄せ、ますますユーザーの行動を適切な方向に導くことがしやすくなるだろう。