「着るAI」まで出てきた
タイムコーチは非常に興味深い取り組みで、彼らの目標が達成されれば、数千万人という人々が、自分専用の「金融コーチ」を手にすることになる。
ただスマートフォンというひとつの出入り口に頼っている点で、まだまだ発展の余地がある。たとえば身に着けている財布や衣服などが、文字通りユーザーに寄り添って、身体や財産の健康を守るために必要な対応をしてくれるとしたらどうだろうか。
SFのような話と思われたかもしれないが、これも既に取り組みを進めている企業がある。ボストンを拠点とするアパレルブランド、ミニストリー・オブ・サプライ(MOS)である。
同社は今年3月、インターネットを通じて出資者を募るクラウドファンディングのサイト「キックスターター」上において、あるジャケットの開発計画を発表し、出資を呼び掛けた(賛同者はキックスターターを通じて出資を行うことで、ジャケットが完成した際に入手することが可能)。
「マーキュリー(Mercury)・インテリジェント・ヒーテッド・ジャケット」と名付けられたこの製品は、「ヒート(熱)」という言葉が示しているように、ジャケット自体が発熱して着用者を温めてくれるというものである。
それだけではない。このジャケットにはIoT技術が活用され、ネットワークに接続し、クラウド上にあるAIとつながるようになっている。そのAIがしてくれるのは、設定温度の自動制御だ。
実はマーキュリーには、発熱装置のほかに、温度センサーと加速度センサーが内蔵されている。それを通じて得られた周囲やジャケット内の温度、そしてユーザーの活動状況に関するデータはネット経由でAIへと送られ、AIはそれに基づいて適正温度を判断、今度はネット経由で発熱装置に指示を出し、その温度にジャケットが保たれるよう制御するという仕組みだ。
またユーザーは好みの温度を指定でき、そのデータもAI側に送られ、使用すればするほどユーザーの好みを学習するようになっている。

各種データはブルートゥースでスマートフォンへと送られ、そこを経由してクラウド側に伝えられることになるが、操作は必ずしもスマホを使わなくてもよい。
アマゾンが提供する音声認識技術プラットフォーム「アレクサ」に対応しており、声をかけるだけで各種制御が可能だ。当然ながら防水加工となっており、雨や雪の日に使用しても問題ない。
ネットワークを介したジャケットとAIのコミュニケーションは常に自動的に行われるため、ユーザーはいちいち温度調節を行ったり、AI側に指示を下したりする必要はない。AIがユーザーのすぐそばにいて、彼らを見守りながら自分で考えて、必要な設定を行ってくれるようなものだ。
すでに家電の分野においては、AIが家庭内のエアコンやヒーターを管理して、住宅の各部屋の温度を自動で調整してくれる「スマートサーモスタット」と呼ばれる製品が発売されているが、マーキュリーはそのジャケット版と言えるだろう。
IoT技術とネットワーク技術が進歩したことで、建物の中だけでなく、どこにいてもこうした制御を実現することが可能になったのである。
せっかくAIと一体化して着用者を見守ってくれるジャケットができたのだから、それが任される仕事は温度調節にとどまらないだろう。前述のタイムコーチと組み合わせ、ユーザーがあまりに多くの買い物をしそうになったら、警告をするなどということも可能になるかもしれない。
また金融サービス側も、ジャケットを通じて得られるユーザーの活動情報や位置情報などを通じて、彼らの行動をより正確に把握することができるようになる。それに基づいて、提供するアドバイスをより個人に合わせてカスタマイズできるはずだ。
このように、人々に寄り添うAIが増えれば増えるほど、それを通じて提供されるサービスも広がると同時に、その内容もより高度化するようになると考えられる。
タイムコーチもMercuryも、単に情報へのアクセスをネットワーク経由で提供するだけではない。必要な情報を必要なタイミングで、しかも個々のユーザーに合わせた形で提供するものだ。
こうしたサービスが一般的になる社会では、大量のデータが、大量の端末や装置との間でやり取りすることが求められるようになる。
それを遅延なく実現する5Gというインフラが今後整備されていくことで、それを土台として提供される「AIが常に寄り添うサービス」も、ますます普及し、多様化していくだろう。