
苦節10年「黒胡椒の燻製」が世界的バーマンに認められた日
タリスカー・ゴールデンアワー第12回(後編)シマジ: うーん、これはまだ“企業秘密”なんだが、少しだけ話しましょうか。
ヒノ: 是非聞きたいです。
シマジ: まずは二人で熱い抱擁を交わしました。
立木: シマジ、おれの目を盗んでよくも熱い抱擁なんて言えるな。
シマジ: タッチャン、勘弁してください。向こうから先にハグしてきたんですから。
ボブ: シューマンさんにスパイシーハイボールを飲んでもらいましたか?

シマジ: もちろん。しかもいまうちのバーで大人気の1パイントスパイシーハイボールをわたし自ら作って出しましたよ。
ボブ: それでシューマンさんはなんと言っていましたか?
シマジ: まあまあ、そんなに心配しなくてもちゃんとお答えしますよ。もちろん、「美味い! これはイケる」と言っていました。
しかしシューマンはさすがに敏感な鼻の持ち主です。すぐ上にかかっている黒胡椒に気づいて、しかも通常の黒胡椒ではないことを見抜きました。
ヒノ: つまり栗生社長の作品が天下のシューマンに認められたことになりますね。
栗生: そうなんですか、やった!
ボブ: 栗生社長、おめでとうございます。苦節10年が報われましたね。
立木: 栗生社長は嬉しくて涙を流してるよ。タカギ、そっちのレンズをくれる。
栗生: 立木先生、泣いている顔は勘弁してください。ただでさえわたしの顔はとっちらかっているんですから、許してください。

ボブ: じゃあ、改めて乾杯しましょうか。スランジバー、クリウ、ゴブラ!
栗生: ボブさん、それはどういう意味なんですか。
ボブ: ゲール語で「栗生社長よ、永遠に」という意味です。
栗生: ありがとうございます。これからもっともっと燻製道に精進いたします。
シマジ: 突然ですが、栗生さん、いままで燻製にしてこれは不味かったというものはなんですか?
立木: おい、シマジ、栗生社長はいまいい気持ちに浸っているところなんだぞ。そんなくだらない質問はどうでもいいじゃないか。
シマジ: 栗生さんにはサロン・ド・シマジのバーで何度も燻製の講習会をやってもらっていて、そのとき「燻製するとなんでも味が凝縮して美味くなる」という話を聞いているんですが、そうは言ってもやっぱり例外というものがあるんではないかと、昨日から考えていたんですよ。
栗生: たしかに世の中にはすべて例外というものがありますね。一度ゴーヤを試作したことがあるんですが、あれは口がひん曲がるほど不味かったです。
ゴーヤの苦さって、あれはあれで美味いじゃないですか。それが燻製にすると、苦酸っぱいとでも言いますか、まったく食べられたものではなくなってしまったんです。もし世の中に不味いものコンテストがあったら、あのゴーヤはチャンピオンになるでしょうね。

ヒノ: 栗生社長はいままでに食品コンテストに出品されたことはあるんですか?
栗生: ありますよ。2009年の秋でしたか、「グルメ&ダイニングスタイルショー」というのがありまして、新製品部門で準優勝をいただきました。
シマジ: ここにキッパーがありますね。食べてもいいですか?
栗生: どうぞ、どうぞ。
シマジ: 自慢じゃないですけど、わたしは生涯でスコットランドのキッパーを100匹は食べました。
ヒノ: 100匹って、また。絶対嘘でしょう。
立木: お前はよく平気でそんな嘘つくよね。嘘つきは泥棒のはじまりだって、お前の親は教えてくれなかったのか。
シマジ: いただきまーす! うーん、美味い。このキッパーは日本のニシンを使っていますね。

栗生: はい。これは北海道のニシンを燻製したものです。
シマジ: スコットランド産より小ぶりで、味もより繊細です。よくぞここまでやりましたね。感心しました。
栗生: じつはわたし、まだスコットランドのキッパーを食べたことがないんですよ。ぜんぶ聞いた話をもとに想像で作りました。
ボブ: 社長、ぼくはしょっちゅうスコットランドに行っています。お約束します。今度必ずスコットランド産の本物のキッパーをお土産に持って参上します。
立木: ボブ、なかなかいいことを言うじゃないの。
〈了〉
横浜燻製工房(株)代表取締役。IT関連会社の代表も務める異色の経歴を持つ。リーマンショックなど会社が様々な危機に直面、その影響で体調を崩したことがきっかけで趣味であった燻製作りを本格的に事業化し、立ち上げたのが横浜燻製工房。その後グルメダイニングショーの新製品コンテストに出品し、準大賞を獲ったことから大手百貨店から声がかかるようになり、現在に至る。最終的な夢は「世界一美味しい」と言われる燻製を作ること。
1941年、東京都生まれ。青山学院大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任した。柴田錬三郎、今東光、開高健などの人生相談を担当し、週刊プレイボーイを100万部雑誌に育て上げた名物編集長として知られる。現在はコラムニスト兼バーマンとして活躍中。 『甘い生活』『乗り移り人生相談』『知る悲しみ』(いずれも講談社)、『バーカウンターは人生の勉強机である』『蘇生版 水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』(CCCメディアハウス)、『お洒落極道』(小学館)など著書多数。
MHDシングルモルト アンバサダー/ウイスキー文化研究所認定ウィスキーエキスパート。約10年間にわたりディアジオ社、グレンモーレンジィ社、他社にて、醸造から蒸留、熟成、比較テイスティングなど、シングルモルトの製法の全てを取得したスペシャリスト。4ヵ所のモルトウイスキー蒸留所で働いた経験を活かし、日本全国でシングルモルトの魅力を面白く、分かりやすく解説するセミナーを実施して活躍しています。