サイボウズ青野社長の「別姓訴訟」、日本会議への接近に戸惑う人たち

これは本当に「夫婦別姓」なのか?
井戸 まさえ プロフィール

C案の内容はこうだ。

「夫婦は同一の氏を称する現行の制度を維持しつつ、婚姻によって氏を改めた夫婦の一方が、婚姻前の氏を自己の呼称として使用することを法律上承認する。またこの呼称は、氏ではなく、「氏に代わる個人の表示」。これを称する配偶者のみに専属し、子に承継されることはない」

今回の訴訟の主張のように、現行の制度を維持しつつ、婚姻によって氏を改める者の社会生活上の不利益を回避することができるとのメリットがあるとされた。

しかしながら法制審議会でこの案は「多様な価値観の許容、人格的利益の保護、実質的な男女不平等の解消という別氏制の理念に応えておらず、制度として不徹底」「夫婦の氏を定めなければならない根拠が薄弱」「氏と異なる呼称の制度を設けることは混乱を招く」と批判され、支持されなかった。

つまり、「夫婦別姓」の問題が内在するのは、単に社会的利便性、不利益を回避するだけでない。根底にある「人権」の問題を格に据えなければならないのである。

 

さらに戸籍が複雑になる可能性も…

それを今、「ニュー」として取り出す意義はどこにあるのだろうか。

今回の訴訟で比較している外国人との婚姻の例や、離婚後、それまでの氏(姓)を名乗ることができる「婚氏続称」の場合は、相手に戸籍がない、もしくは既に前婚の元配偶者とは別戸籍となっている。

わかりやすく言えば、その場合の「氏」というインデックスは一つである。だからこそインデックス名を変えることは可能だということだ。

この訴訟について国は争う姿勢を示しているが、

(1)婚姻時はどちらかの氏を選ぶ
(2)呼称上の氏だけ変える

という、青野氏たちが主張する方法だとそのインデックスの中に、また別のインデックスをつけるというようなこととなる。

従来主張されてきた夫婦別姓の改正案よりもさらに戸籍は複雑になる可能性があり、本来の目的である国民の登録、管理についてはさらに難しくなるからであろう。

現在、戸籍窓口事務は民間委託の流れとなっているものの、現場での不備・不足の実態が明らかになり、2015年3月、法務省は「事務連絡」を出して、【委託できない戸籍事務の例】等を明らかにした。

戸籍業務こそ経験が必要な仕事で、以前は専門職としての採用があったというのも納得だが、果たして現状でそれだけの業務が遂行できるかには疑問も残る。

戸籍実務の問題もさることながら、そもそものことでいえば「マイナンバー」が導入され、戸籍と連動されることになっている。となれば、個人の特定ができることとなり「本籍地」の役目はなくなる。実質個人籍での管理が可能ともなるのだ。

つまり、民法改正で「夫婦別姓」が現実化する素地は十分に整っているとも言える。

便宜的な「夫婦別姓」という駅に途中下車すると、かえって遠回りになるのではないだろうか。

今回、私が青野氏の「ニュー別姓訴訟」をあえて批判したのには理由がある。

この訴訟内容に私と同様、もしくは何となくでも違和感を感じている人たちが、なぜか青野氏等に対しては「モノが言えない」「言わない」状況になっているのだ。

その空気こそが「夫婦別姓」が置かれている状況である。

だからこそ、私はあえて「空気を読まない論説」を発したいと思う。

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