当時の女房が明かす「小学6年の大谷翔平」

私が目撃した「怪物の目覚め」
週刊現代 プロフィール

すでにプロの風格

5年生にして、すでに160cmを超えた体格と、小学生離れした野球の力量だけ見れば、大谷は向かうところ敵なしだった。

だが、女房役の佐々木さんの目から見て、大谷が唯一、子どもらしい「幼さ」を残していたのが、メンタル面だった。

「5年生のころの翔平は、気持ちが昂ぶると打席で無理にホームランを狙いに行って高めのボール球に手を出したり、投球でも力んでコントロールが乱れたりということがありました。

そういうときは、あまり怒鳴らない翔平のお父さんが、大きな声で叱っていました」

 

年齢を考えれば無理からぬことのようにも思われる。しかし、大谷少年は、このメンタル面においても、大きな変化を見せはじめる。それは、'06年の7月、12歳の誕生日を迎えたころからだった。

「マウンドでの振る舞いが、目に見えて落ち着いてきたんです。試合前に話していると、『今日は完投したいから、体力を温存していきたい。今日の相手ならこれくらいの力加減で抑えられると思う』とか、時には『あのバッターは手強そうだから、全力で三振を取りに行こう』とか、まるでプロの選手みたいなメリハリをつけるようになった。

気分ではなく、理性で力の入れどころと抜きどころをコントロールできるようになったのです」

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海を渡った大谷が、全米を驚かせたのが、ケタ外れの「修正力」だ。

キャンプでは、投打の両面でメジャーの野球に苦戦しながらも、開幕にあわせてきっちりと修正し、結果を出した。

この修正力の基礎ができあがったのも、同じ時期だったという。

「6年生のときの試合で、翔平がホームランを打ってベンチに戻ってきたんです。打った球を尋ねると『カーブだよ。前の打席、カーブで凡退したから今回はカーブが来るまで待っていた』と。

あのくらいの年齢だと、来たボールを全力で振りに行くことしかできない。ところが、翔平は打席ごとに自分に課題を課して臨んでいたんです。あのころから、翔平が一球、一打席に込める重みは、僕らとはまるで違うものになっていたのでしょう」

人より何倍も早く成長する肉体と技術に、ようやく精神面が追いついた。この小学6年生の1年間こそが、怪物・大谷翔平の「目覚めの時」だった。

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