「大きいのが獲れたからすぐに漁港に来て」と、知り合いの漁師さんから無線で連絡が入った。
軽トラックに乗り、急いで水揚げされる漁港へ駆けつけると、ゆうに3mを超す大きなハンマーヘッドが水揚げされていた。たいていのサメは出刃包丁で解体できるが、ハンマーヘッドの場合は頭部がものすごく大きく立派で、包丁を何回突き立てても、わたしの力ではまったく歯が立たなかった。
サメの骨はすべて軟骨でできているのだが、頭部は軟骨とは思えないほどの硬さで、今でもその感触をしっかり覚えている。
また、お腹がぷっくり膨らんでおり、妊娠していることはすぐにわかった。解剖をしてみると、やはりお腹の中には26尾の赤ちゃんがいた。その一尾一尾がおくるみに包まれたように軟らかい膜で覆われていた。
このときの赤ちゃんのなかでいちばん小さいサメは薬品で固定し、今でも自宅のリビングのワイングラスの棚の中でこちらを向いて眠っている。
お腹の中で子どもを育てる母ザメ
サメは魚だが、私たちがふだんの暮らしで目にするアジやサンマなどとは違い、「軟骨魚類」というグループに属している。(ちなみにアジやサンマは「硬骨魚類」というグループに属する)
「軟骨魚類」は、オスとメスが交尾し、体内受精によって子どもをつくる。メスが産んだ卵にオスが精子をかけ、体外受精で子どもをつくる多くの「硬骨魚類」の繁殖法とは大きな違いだ。
そのためサメのオスには、交尾のための「交接器」(クラスパー、交尾器とも)と呼ばれる生殖器が2本ある(ちなみにメスも1対の子宮があります)。
生物がなぜその形をしているか、その理由を突き止めるのは簡単ではない。「生存に有利だから」、あるいは、「進化の過程の名残」、というのが、生物の形を説明する理由の王道だが、「その形でなければならない理由」を明確に示すのはなかなかに難しいものだ。
サメの「交接器(クラスパー)」が2本ある理由についても、大きく2つの説が唱えられている。
ひとつは、「生存に有利だから」という説で、「1本なくなっても繁殖行動がとれるようにするため」という理由。もうひとつは、「進化の過程の名残」説で、「1対の腹ビレが変形した」という理由。「両方正しい」のかもしれないし、進化の時計の針を逆には戻せない以上、「本当のところはわからない」というのが正解なのかもしれない。

サメの出産の形態は種によってさまざまだ。おおまかには、哺乳類のようにお腹の中で子どもを育てて赤ちゃんザメを産む「胎生」と、卵を産む「卵生」の2つに分けられる。
サメの「胎生」というのは、母体内で発生した子ザメがなんらかの栄養補給を受けて育ってから産み落とされることをいう。「胎生」のサメは全体の6~7割、「卵生」は3~4割を占める。
ちなみに、「サメ」を漢字で書くと、「魚(うおへん)」に「交わる」で「鮫」。この字の起源は、サメが交尾によって子孫をつくる珍しい魚であるからとも言われるが、人間がサメの交尾シーンに遭遇するのはきわめてまれで、真偽のほどは定かではない。
一方、同じくサメを意味する「フカ」は、「魚(うおへん)」に「養う」で「鱶」という字を書く。
こちらは、「胎生」のサメがお腹の中で子どもを育てて出産する様を示していると考えられる。サメ食文化のある地域なら、サメを捌いたときにお腹の中の子ザメたちと遭遇する機会はあったはずだ。わたしとしては、こちらの説には説得力を感じる。