2018.07.17

アップルと中国の「スパイ事件」からみえる、米中自動運転戦争の壮絶

そうか、アップルも本気だったのか…

先週火曜日、中国企業に転職予定だったアップル社の元社員を、自動運転技術の機密情報を盗んだ容疑でFBI(米連邦捜査局)が訴追するという、ショッキングな事件が起きた。

現段階では、中国政府や中国企業の関与の有無を含めて、事件の背景はわかっていない。しかし、この分野では米中の企業の間でスパイ紛いの諜報戦が起きるほど開発競争が過熱していることや、アップルに極秘の戦略部門として自動運転技術の開発セクションが存在し、そのセクションに5000人もの人材を投入している事実が浮き彫りになったことは興味深い。

それほど、この分野は市場が急成長してカネになると見込まれており、燃え盛る米中貿易戦争の火に油を注ぐ可能性もありそうだ。

今回は、自動運転技術の開発を巡る、主要国、主要企業の熾烈を極める闘いを探ってみたい。

 

極秘計画が明らかに……

まず、アップル事件の概要をおさらいしておこう。報道によると、FBIは今月7日、サンノゼ空港で、北京経由で杭州に向かう便に搭乗しようとしていた、アップルの元社員シャオラン・チャン氏を、自動運転車の開発に関連する「トレードシークレット(営業秘密)」を盗んだ容疑で逮捕した。元社員は大筋で容疑を認めているといい、FBIは同10日までに、元社員をカリフォルニア州の裁判所に起訴した。

元社員は2015年からアップルに勤務。自動運転技術のソフト、ハード両面の開発に携わっており、機密情報へのアクセス権も持っていたが、休暇明けの今年4月末、中国在住の母親の体調不良を理由に、帰国して中国の自動運転のベンチャー企業「Xモーターズ」に転職したいと申し出たという。離職直前に大量のデータをダウンロードしていたことから、事件が発覚した。

国際的な産業スパイ小説の題材になりそうな事件だが、FBIがカリフォルニア州の裁判所に提出した資料から、これまでアップルが極秘にしてきた自動運転技術開発の一端が明らかになった。およそ13万5000人の正社員のうち5000人が自動運転技術に関わっていること、機密情報を含むデータベースへのアクセス権を持つのは、このうち2700人であることなど、だ。

グーグル系のウェイモ、配車アプリのウーバーテクノロジーズなどのIT企業大手と同様に、アップルも自動運転技術の開発に相当注力していることが浮き彫りになったのだ。

筆者が取材したところ、もともとアップルには完成車を売ろうというプロジェクトが存在した。ある意味でiPhone的な開発思想と言えるが、デザインはアップル自身がとことん拘るが、部材はすべて外部調達して、既存の自動車メーカーに組み立てを依頼するという内容だった。

日本には、フロントガラスから後部の窓までを1枚で覆うガラスの供給が可能か問い合わせを受けたガラスメーカーや、組み立てを打診された完成車メーカーがあった。しかし、このプロジェクトは最終的にとん挫。アップルは戦略を転換して、iPhoneとのリンクや地図情報技術を応用できる自動運転技術の開発に照準を合わせた経緯がある。

これらの過程で、アップルは人材確保に巨額の資金を投入したらしい。弱みは、プロジェクトが社内でも極秘扱いだったため、先行するテスラやウェイモのような大々的な公道実験はしていないことだ。それゆえ、テスラやウェイモと比べると、自動運転技術の熟成に不可欠な情報収集で後れを取っている可能性はある。とはいえ、アメリカのIT企業はどこも、この種の分野に必死で取り組んでいることの証左として記憶しておきたいケースだ。

ちなみに、今回のようなトレードシークレットの窃取としては、2015年にウーバーがグーグルのレーダー技術を入手しようとして仕掛けたケースが有名だ。両社は法廷闘争の末、今年2月に和解したものの、その過程で、ウーバーが当初自動運転技術の開発に出遅れて焦っていた事実や、グーグルが人材を引き抜かれるリスクに頭を悩ませていた事実が明らかになっている。

今回の事件で懸念されるのは、今後、ハイテク技術を巡る米中貿易戦争に及ぼす影響だ。知的所有権の侵害を理由に、トランプ政権は500億ドル分の中国製品に25%の関税を課す制裁を決定。このうち産業用ロボットや電子部品など818品目、340億ドル分を7月6日発動した。

これに対して中国が報復に動いたため、トランプ政権は同10日、関税対象を2000億ドル分に拡大して、衣料品や食料品など6031品目に10%の関税を課す追加制裁の原案を発表したばかり。発動は9月以降になる見通しだが、中国も再報復の構えをみせており、両国の貿易戦争は泥沼化しつつある。

そうした中で起きた今回の事件は、元社員の単独犯行なのか、あるいはライバルを追い上げたい中国のベンチャーが仕掛けたものなのか、はたまた自動運転の技術開発を国策として進める中国政府の意向が絡んでいるのか、現段階では何もわからない。

しかし、アップルの元社員が転職しようとした中国企業には、中国のネット通販大手・アリババ集団が出資しているという。中国を攻撃する格好の材料を、トランプ政権に与えたことは間違いなさそうだ。

 
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