遺伝子編集技術を駆使して、3000年前に絶滅したマンモスを復活させる――。まるでSF映画のような一大プロジェクトが今、ハーバード大学で行われている。その研究の驚くべき全貌を追ったノンフィクション『マンモスを再生せよ』が話題だ。
彼らはなぜ、マンモスをよみがえらせようとしているのか。そして現代の科学は、死した動物さえも再生させることができるのか。科学の最先端をスリリングに描いた同書を、ゲノム科学の専門家である、東京工業大学生命理工学院の相澤康則氏が解説する。
ゾウからマンモスをつくる!?
『マンモスを再生せよ ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦』は、2017年に出版された『Woolly: The True Story of the Quest to Revive One of History’s Most Iconic Extinct Creatures』の邦訳である。
一気に本書を読み終えた今、私の頭には二つのWoolly(もじゃもじゃ)が思い浮かぶ。
ひとつめは Woolly mammoth(北極圏内で一般的に生息していた非常に毛深いマンモス)だ。本書はまさにそのタイトルが示す通り、世界が注目する「マンモス復興プロジェクト」のドキュメンタリーになっている。
本プロジェクトは、わずかではあるが日本語でも既に記事になって紹介されている。
ハーバード大学医学部の教授にして、遺伝学界の“巨人”であるジョージ・チャーチの研究室の精鋭チーム(当初はわずか5名、現在はさらに少ない3名)が、北極圏の永久凍土から発掘されたマンモスのDNA配列をもとに、アジアゾウをマンモスにするプロジェクトである。
この「マンモスにする」というところが重要で、これは「マンモスそのものを作る(=マンモスのクローンを作る)」プロジェクトではない。
その経緯の詳細は本書で語られているが、このプロジェクトはジョージがもう一人の“巨人”、セルゲイ・ジモフと出会ったことによって本格的に始動した。
シベリアのチェルスキー北東科学センターで所長を務めるセルゲイから、ジョージは「永久凍土の融解による二酸化炭素とメタンの大量放出を防ぎ、地球環境を守るためには、大型草食動物が闊歩する『氷河期パーク』を北極圏に作ることが必要だ」というアイデアを得る。
「氷河期パーク」――それは、ジョージをゾクゾクさせるネーミングだった。
これを実現するために、ジョージは「ゾウをマンモスにする」という戦略を立てた。研究チームはまず、マイナス50度にもなる北極圏の環境で生きるうえで必須だったと考えられる、マンモスの身体的特徴(専門的には形質と呼ぶ)を約20種類絞り込んだ。
そして、おのおのの特徴を制御しているマンモスの遺伝子配列を、現存するアジアゾウのゲノム上に組み入れた。要するに、ベースはアジアゾウのままだが、見ためとゲノムの一部分をマンモス化した生き物を作り出すというプロジェクトである。
このマンモス再生の第一段階を担うゲノム工学技術は、本書では「コード化」という一言で済まされている。だが、この内容をもう少し正確に理解していただくために、マンモスの赤毛をアジアゾウの皮膚表面に再現するまでの手順を例にして、大まかに説明したい。
ここで強調すべきは、(1)から(3)まではすべてコンピューター上での配列解析と配列設計である、ということだ。
他の工学分野と同様、現代の生物工学も設計が鍵なのだ。そして、そのデザインされた配列が期待通りの効果を発揮するかどうかを、(4)から(5)で検証する。
もし期待どおりの結果でなかったら、(2)に戻って、マンモスの体毛遺伝子候補選びからやり直し、設計と検証を繰り返す。本書でさらりと登場した「赤毛マウス」もほぼ間違いなく、このサイクルを何度も繰り返した結果だったはずである。
このように行間も一緒に読み進めていくと、本書の物語の背後に膨大な数のテスト実験があったことが透けて見えてくる。
このプロセスのあとも、ジョージらは、不可能に限りなく近い可能性に挑み、難解な技術的課題をひとつずつクリアーしていく。どの課題ひとつとっても、一般的な規模の研究室が、十数人のメンバー全体で解決していくような大きなものである。
ルハン・ヤンをリーダーとするマンモス復興プロジェクトチームと、その周囲で彼らを支えているであろう、生物学の各最先端分野を牽引している頭脳が集うハーバードの底力を感じ、私は鳥肌を立ててこれらの箇所を読んでいった。
鳥肌の原因
そして、この鳥肌の原因の核にあるのが、もうひとつ(ひとり)のWoolly、ジョージ・チャーチである。
これは、インターネットで画像検索をすれば同感していただけるであろう。白髪のカーリーヘアーとそこから続く顎髭がまさにWoolly(もじゃもじゃ)なのである。
本書ほど、彼を日本語で深く広く紹介した本を私は知らない。読み進めれば、合成生物学という分野を現在進行形で切り拓いている主人公の一人がジョージであると肌で感じることができる。
合成生物学は、比較的新しい生物学分野として認められているが、その根源の哲学はリチャードファインマンの言葉「What I can't create, I do not understand.」に凝縮されている。
「理解しているなら作れるはず。作れないならば、我々はまだ理解できていないということだ。それが何かを明確にし、解き明かそう」という、基礎科学における「解明」への一つの方法を指し示すのが、元々の合成生物学であった。
しかし現代の様々な科学技術の進歩と、産業応用志向の高まりもあって、「理解」よりも「創造」の側面が前面に出る風潮が最近は強い。
現在世界的に、生命システムを活かしたものづくりが牽引する産業経済(バイオエコノミー)が注目されているが、合成生物学こそが、その科学的アイデアの源泉として常に進展が注目されている。
そして、その中心にいるのが、合成生物学の父と呼ばれているジョージなのである。彼自身だけでなく、彼の研究室の出身者は世界中に散らばり、合成生物学の可能性を、学問と産業の両面から押し広げている。
いまは不可能だったとしても
本書に紹介されているジョージの格言のひとつ「人々は、今日不可能なことと、明日不可能なことを混同している」の精神は、マンモス再生や、それ以外の現在進行中の過激な研究プロジェクトを通して、若い世代に直接伝えられている。
そのような様々な人との出会いも、本書の物語の魅力である。
たとえば、ジョージがマンモス再生を自分のサイエンスプロジェクトとして閃いた瞬間が描かれているが、そのきっかけはニューヨークタイムズ紙の科学記者、ニコラス・ウェイドからの一言、「マンモスをよみがえらせることは可能でしょうか?」だった。
このニコラスからの電話がなければ、「氷河期パーク」のセルゲイと知り合うこともなかったかもしれないし、スティーブ・ジョブズの有名な卒業式スピーチにも登場する環境運動家のスチュアート・ブランドとも繋がらなかった可能性が高い。
もちろん、これら偉大な人たちと出会えるのは、それまでのジョージの功績に大いによるのであり、かつジョージの中にある無数の良質なアイデアの種たちがあってこそのことではあるが、どんな科学者にとっても、人と、そしてその人たちの言葉との出会いが大切であることを本書は教えてくれる。
私自身は、チャーチ研究室の出身者ではないが、彼がリーダーの一人として2016年に発足したゲノム合成国際プロジェクトGP-write(Genome Project-writeの略、ジーピーライトと読む)に参画し、この活動を通してジョージと直接会う機会が増えている(本書では、GP-writeという名称ではなくHGP2という名称で呼ばれている)。
地の底から響いてくるような彼の声に乗って発せられる言葉には、マスコミの大好物な、過激なフレーバーが多少混じっているが、その言葉の土台には、不可能という言葉を思考から排除しようとする強い意志が伝わってくる。
GP-writeにも、不可能を可能にしようとする精神が込められている。GP-writeは「ゲノムを作り、そのゲノムで生きる細胞を作るための技術革新を推し進める」という合成生物学の王道ともいえるミッションを掲げた組織で、現在では15カ国、約200人が正式に参画している。
その半数が大学や研究機関からの、残り半数が企業からの参画者である。GP-writeの存在自体、今なお日本国内ではあまり知られていないが、世界の主要な合成生物学分野のベンチャー企業は全て参画している。
マンモス再生の戦略として、実際は上述のように「アジアゾウのゲノム改変」という“比較的”現実的な選択肢をジョージは採用しているが、GP-writeのミッションが進めば、ゲノムの改変ではなく、ゲノムをまるごと作って、そのゲノムで生きるマンモス細胞を作るという、現在では不可能な選択肢も可能になる。
しかも、ゼロからゲノムのDNA配列を設計できるため、約20個の身体的特徴に関わる遺伝子に絞る必要もなく、マンモスゲノムのiPS細胞を丸ごと作り出すことも可能になるはずである。
映画化も決定
本書では簡単に、さらっと「ゲノムを書く」「DNAを書く」という表現を出すだけに留めてあるが、そこの行間にはGP-writeの描く未来が投影されているのである。
ゲノムを書くということは、生命の設計図を書くということであり、それは生命の根源的情報を自由自在に編集する、合成生物学の究極の技術になる。CRISPRではなく、これこそが真の意味でのゲノム編集なのだ。
GP-writeの先にある「マンモス復興プロジェクト(ver10.0)」の未来を想像せずにはいられない。
しかし、その未来は、必ずしも楽観視されてはいけない。人類が神話の世界から離れ、科学に寄り添ったときから始まっている課題が、合成生物学の未来では今と違う次元に入っているのは間違いない。
ポテトとトマトの融合体であるポマトを危惧した人は当時、ほとんどいなかった。それはおそらく、ポマトが異種ゲノムの融合を偶然に任せた、育種という方法の産物だったからかもしれない。
では、アジアゾウとマンモスの融合体には、なぜ違和感を感じるのだろう。人為的にゲノムを書き換えられる時代では「生命」の定義の範囲はますます小さくなっていく。そんな肌感覚をゲノム合成生物学に身を置く私自身、日常的に感じている。
第27章では、ジョージが2012年にテレビ番組『コルベア・リポート』に出演した際、「あなたの研究がいつか全人類を滅ぼすことをどう思いますか?」と質問された場面が描かれているが、それに対する彼の答えまでは書かれていない。
彼がその質問にどう答えたのか、私は気になっている。次回のGP-writeの会議の時に、ジョージに直接聞いてみるつもりだ。
本書には、いくつものどきっとさせられる言葉が出てくる。そして過激な言葉を浴びるほど、感情は思考を凌駕してしまう。
しかし、その言葉の過激さに圧倒されることなく、またそれをハーバードの精鋭だけに任せ、他人事として傍観するのではなく、自分事として思考し、本書を読み進めていくと、この現代生物学の光と闇とを一種のバーチャル・リアリティとして体験できるはずである。
一人一人が、自分の中にこの両面をもつことが、合成生物学という新たな時代に否が応でも突入する人類の幸福につながると信じている。もはや生物学は暗記科目ではない。とにかくこれは、世界最先端の科学なのだ。
最後になるが、本書の著者ベン・メズリックは、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグらを描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』の原作者としても知られ、バイオサスペンス小説『悪魔の遺伝子』の作者でもある。
なお、本書も既に映画化が決まっているようだ。もじゃもじゃの主人公が誰になるのか気になるが、多忙を極める本人が出ないことはまあ間違いないだろう。次回のGP-writeの集まりで、これも念のため尋ねてみようと思う。
