名刺もメールも使わない経営者たち
ここ数年、中国人経営者とのビジネスシーンで、日本の社会人マナーとして習得した「名刺交換」の機会が圧倒的に少なくなっている。これは、若い中国人経営者だけでなく、ある程度の年齢に達したベテラン経営者でも同様だ。
最近の中国人経営者は名刺を持ち合わせていない。ただ、相手とのビジネスの可能性を嗅ぎ取ると、彼らは即座に動く。名刺交換ではなく、中国版のLINEとも言うべき「微信(WeChat)」のアドレス交換を持ちかけてくるのだ。
日本人にとって最初は言葉の壁があるものの、中国語の読み書きができるようになれば、しめたものである。彼らとの連絡や会話は、秘書や総務部を通す必要がない。直接「微信」で連絡できるため、迅速にアポの設定やビジネスを進めることができる。
興味深いのは、彼らが名刺を持っていないことだけではない。多くの中国人経営者は、携帯に向かって常に話しかけ、それを録音したものを部下に「微信」で送り、業務上の指示や情報共有をしているのである。部下は上司の言葉を音声で受け取り、即座に動くことになる。
文字でメッセージを送ると、確かに送り手のメッセージは正しく受け手に伝わる。メッセージの受け手もそれを加工し、二次的な情報にしやすい。しかし、送り手にとっては、文字を打つ時間はムダであり、また文字だと送り手の感情を受け手に伝えるのも難しいので、意図やニュアンスが誤って伝わることもある。
一方、音声メッセージは、送る内容の正確性や網羅性が欠けるリスクがあり、受け手が二次情報として活用するには、音声を文字に変換する必要もある。ただし、送る側にとっては文字を打つよりも圧倒的に楽であり、感情を語気の強弱で伝えることができる。
乱暴に言ってしまえば、送り手の時間効率の観点からみると、文字メッセージは音声メッセージにはるかに劣っている。しかし、音声でコミュニケーションしたいが、電話をかけても相手がなかなか出ない、というときは面倒だ。
このため中国人経営者は、部下に音声だけをメールのように送りつける。そうすることで、上司の側は時間を節約し、高い生産性を維持・向上させることができる。もっとも、部下の側は上司に音声で報告するわけにはいかないので、文字で報告を上げているようだ。要するに、上の立場に立つ者が時間効率を最大化しているということである。

一方、日本ではどうだろうか?部下から上司へ口頭で報告をする会議が、毎週のように定例で行われている企業が少なくない。「上司の生産性が部下よりも高い」という前提に立てば、上司にとって、これは最も効率が悪い時間の使い方である。
部下が会議の具体的内容を事前にペーパーで用意せず、「30分ください」といってアポをとる光景も日本ではおなじみである。この手の会議では、会議の前半の多くの時間を、部下から上司への口頭説明で費やすことになる。これも効率が悪い。