【短期記憶から長期記憶への転送路に障害がある例】
例1 アルコール・ブラック・アウトという現象
飲んでいるときには、調子よく相手と話ができる。なんとか電車に乗って我が家にたどりつくこともできる。相手と話を合わせたり電車に乗るために、必要な知識を長期記憶から引き出し、短期記憶で情報の加工をすることはできる。
ところが、加工した結果を長期記憶へ戻せないために、翌日、酔いがさめても、自分が昨晩何を言ったのか、何をしたのかがまったく思い出せないということになる。短期記憶から長期記憶への情報の転送路が、アルコールのために機能低下を起こしてしまったと考えられる。

例2 前向性健忘
買い物もできるし、人と普通に話をすることはできても、何を買ったか、何を話したかをたちまちのうちに忘れてしまう。新しいことがまったく覚えられなくなってしまうという障害も、短期記憶から長期記憶への転送路がやられてしまったことが原因である。
【長期記憶から短期記憶への知識の転送ができなくなってしまう例】
例1 逆行性健忘
過去についての一切の記憶が失われてしまう。
例2 「喉まで出かかった現象」
実によく知っているはずなのにどうしても思い出せない。長期記憶から短期記憶への転送路の一時的な機能低下と考えることができる。
問われたことに答えられなくても、非常によく知っているはずとの意識が持てて、それに関係したこと、たとえば文字数とか、答えの最初にくる音は何であるとか、イメージは思い浮かぶような場合、それが喉まで出かかった現象である。そして、しばらくすると突然思い出したり、人に言われれば「あーそうだ」となる。

この二貯蔵庫モデルは「わかる」ときに脳で何がおこっているか、説明するときにも有効である。モデルを使った理解によって、わかりやすい表現とは何かが見えてくる。小手先の表現方法を学ぶのも意味がないわけではないが、ときには認知心理学的な面から、相手に届く表現を考えてみるというのはいかがだろうか。
海保 博之 著
誰もがブログやSNSで表現者となっている時代。表現することの大切さと難しさを痛感している人も多いはずです。
本書では、表現することを、どうしたらわかりやすく伝えられるのか、著者みずから名付けた「認知表現学」をもとに系統立てて解説します。あふれる情報のなか、自分の発信するものをどうしたら読んでもらえるか、聞いてもらえるかが見えてきます。
1988年刊の著書『こうすればわかりやすい表現になる』新装版。