ウイスキーもダンディズムも、ほどほどがいちばんです。
タリスカー・ゴールデンアワー第17回(前編)提供:MHD
女性に「ダンディズム」を語らせるとしたら、中野香織さんの右に出る者はいない。
そもそもダンディズムは男の特権である。しかし異性の目から男特有の美意識を紐解くと、むしろはっきりその正体がわかってくるようだ。しかもイギリスのケンブリッジ大学で研究したというのだから“本物”である。
中野さんは長年、明治大学で「ファッション文化史」の特任教授として教鞭を執られていたが、このほど任期満了に伴い退任され、自ら株式会社Kaori Nakanoを立ちあげたという。
そんなわけで、先月の瀬戸内寂聴さんに続く2人目の女性ゲストとして、ご登場していただくことにした。
(構成:島地勝彦、撮影:立木義浩)
* * *
シマジ: 中野さんはこちらにお座りください。わたしと相棒のボブはカウンターの中に立ってお話をお訊きします。ご存じ立木さんは、自由にうろうろしながら3人の写真を撮ってくれます。
立木: お久しぶり。
中野: お久しぶりです。今日はよろしくお願い致します。

シマジ: こちらが担当編集者のヒノです。
ヒノ: よろしくお願いします。
中野: こちらこそ、どうぞよろしく。
ボブ: はじめまして。MHDでウイスキーアンバサダーをしているボブと申します。
中野: 瀬戸内寂聴さんもボブさんの日本語を褒めていましたが、イントネーションが日本人とまったく変わりませんね。
ボブ: いえいえ、お恥ずかしい限りです。日本に長くいて、気がついたら「千葉のオッサン」になってしまったもので(笑)。それではさっそく、タリスカースパイシーハイボールで乾杯いたしましょう。スランジバー!
一同: スランジバー!
中野: 美味しい! 暑いなかやってきたので今日はとくに美味しく感じます。いまウイスキーが売れているんですってね。
ボブ: はい。シマジさんの宣伝力のお陰で、このタリスカーも大きく売り上げを伸ばしております。
中野: この時代にそれは凄いですね。

ボブ: じつはタリスカーの日本での売上は、世界で上位なんですよ。
シマジ: すごいね。でもこのスパイシーハイボールの飲み方は日本でしかやっていないんでしょう?
ボブ: それが実は、海外でも今年からやりはじめるようです。
シマジ: 同じようにピートで燻製した黒胡椒を使うんですか?
ボブ: いや、普通の黒胡椒です。これは横浜燻製工房の栗生社長の発明品ですから、この味が愉しめるのは、いまのところ日本だけです。

シマジ: ところで中野さんは明治大学で計何年間、教えていたんですか。
中野: ちょうど10年です。1期5年の2期でした。
シマジ: 専任教授と特任教授とではどんな違いがあるんですか。
中野: わたしがやっていた特任教授には任期があるんです。10年程前にオファーをいただいたときに「専任になりますか。それとも特任になりますか」と聞かれたんですが、当時のわたしの個人的な感覚としては、先が見えてしまうのがどうも嫌で、あえて任期があるほうを選ばせていただきました。普通は、自分から任期のある特任を選ぶひとはあまりいないそうですけど。
シマジ: そうだったんですか。中野さんは10年後には潔く辞めるとはじめから決心なさっていたのですね。
中野: 決心というほどのものではないです。10年後の自分がどうなっているかなんてわからないですし、その時点でどこまで成長できているのか、もういちど自分を試すのもいいかなと思ったんです。
ボブ: 専任教授というのは、そのままずーっとやっていられるんですね。
中野: そうです。そのままずっと定年まで、余程のスキャンダルでもない限り身分は保証されます。でも、わたしは自分の人生の先を未知数にしておきたかったんです。
シマジ: なるほど。それは中野さんらしくていいですね。

中野: 先がみえると思うと、目の前のシャッターが下ろされているみたいで、暗い気分になりませんか?
ヒノ: たしかに。決まったレールの上を行くよりも、次々に現れる分かれ道を自分の意思で選ぶほうが刺激的だと思います。中野先生は冒険がしたかったんですね。
中野: そんな大それたことでもなく、計画性のない人生なんです。絶対に老後は不安になると多くの方に言われるんですけど(笑)。
シマジ: 大学の教授をお辞めになって、それでどうされたんですか。
中野: 執筆や講演などは、これまで通り続けているんですが、会社を立ち上げようと思ったのは、国内最大手のホテルグループからコンサルタントのオファーをいただいたのがきっかけです。そういう大きな会社とお仕事をするときは、こちらも個人事業主でいるより会社にしたほうがいろいろとスムーズですから、思い切って「株式会社Kaori Nakano」を設立しました。
社員に講義もするので「コンサルティング・プロフェッサー」と称しています。この肩書きは、シャーロックが「コンサルティング・ディテクティブ」と称していることを踏まえたユーモアのつもりなんですが、分かりにくいですかね(笑)。
シマジ: なるほど、そういうわけだったんですね。で、ホテルの社員にはどういったことを教えているんですか?
中野: 服装やグルーミングの基本、マインドセットに始まり、ラグジュアリーマーケティング、ブランドビジネスの動向、ファッション消費者の行動傾向にいたるまで、多岐にわたります。宿泊やレストランの企画、各種レセプション、ブランディング、PRのお手伝いです。
もともとわたしは19歳のときに旅行ライターとしてデビューしていますので、いろいろ巡り巡ってもといた場所に戻ってきたような感じがしています。ブランディングのお手伝いを実際にやってみたら、「ああ、これって、昔やってたかも」って。