「人工知能に奪われる仕事リスト」のなかに、医療職が入らないワケ

未来の医療を想像しながら考察する
原田 広幸 プロフィール

読解力の必要性

「ロボットは東大に入れるか」という東ロボくんプロジェクトを指揮した、新井紀子氏は、AIに苦手なことは、「読解力」だと喝破する。これは、哲学者の間でも、ほぼ共通の認識である。

繰り返しになるが、AIが文意を理解しているように見える(振る舞う)のは、膨大なデータの検索と統計処理の結果が、アウトプットを自然なものにしているからであって、AIが意味そのものを理解しているわけではない。

東ロボくんプロジェクトが示唆しているのは、国語力(読解力、作文力)こそ、人間的能力の基礎であり、「代替不可能な能力」であるという事実である。

医学部不正入試で揺れる医学教育界、そして、文科省や厚労省などの監督省庁は、この事実をしっかりと受け止め、現場の実態を見据え、これからの医師に求められる能力を真剣に考え直さなければならない。

でなければ、AIを使いこなして治療を施す「医師」の育成はできない。医学部は、AIに代替される無能な医師を量産するだけの機関に成り下がってしまう恐れがある。

しかし、新しい入学者選抜の取り組みも、無いわけではない。順天堂大学や愛知医科大学では、国際バカロレア試験(IB)での入試がはじまっている。IB試験の中心は「論文」と「TOK」(セオリー・オブ・ノレッジ=知識の理論=哲学)である。

まさに、AIに代替できない人間的能力を測ろうとする試験である。こういった取り組みは大いに評価すべきだ。単純な知識とスピードに代替されない知力こそ、プロフェッショナルに求められる基礎的な能力である。

ただ、残念ながら、このような多様な入試制度は、まだ、定員のほんの一部にしか導入されていない。また、情報開示も徹底していないため、透明性と公平性が担保されているか不安なところも多い。

 

AI時代、あらゆる職業に必要な能力とは

オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フライ研究員による『雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか』(2014年)という有名な論文によれば、消える職業・なくなる仕事として挙げられているものには、銀行の融資担当や、保険の審査担当、電話のオペレーターや弁護士助手などがあるが、幸いに(?)、医療職は見当たらない。

AI時代においては、看護師や、介護士など、直接、患者の身体に触れる仕事は、相変わらず必要とされるだろうし、仕事の内容が大きく変化することも考えにくい。

しかし、医療チームのリーダーである医師の仕事は、無くならないにしても、大きく変貌することが予想される。医師は、AIに代替されるのではなく、AIを使いこなして、より高度な医療を提供する職業に生まれ変わらなければならない。

人間には個性があり、人間の身体にも同じく個性がある。ということは、病気にも個性があるということである。患者の痛みの質、人生観、家族や社会環境、こういった意味の付着した領域になると、個別性はさらに増し、意味を読解できないAIでは、対応することは不可能だ。

病気の原因になるウィルスは、常に薬の進化に追いついて、変化をし続ける。医師が直面する課題には、「初の症例」というものもあるだろう。AIは例外的なものには対処できない。

これからの医師には、今まで以上に個別性を理解する読解力、文脈把握力が必要になってくるだろう。そして、こういった事情は、ほかのあらゆる産業領域、あらゆる業種においてもあてはまる。

巷では、児童生徒への、IT教育、プログラミング教育の必要性云々が喧伝されているが、むしろ、文系的知性を身に着ける教育こそ重要になってくるのではないか。

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